第21話 寧ろしっくりくる


(何も解決してないし、眠い。……けど、確かに少し体は楽になった気がする)


 体感としては三十分ほど経った頃、流石にぼんやりするのにも飽きた真はそう結論づけて、静かに寝返りをうった。感情のままに怒ったからかも知れないが、空腹だ。


 このまま天井や壁を見つめていたら、うっかり眠ってしまうかも知れない。休みにきたのに眠れもしないのは本末転倒な気がしたが、眠るわけにはいかなかった。


 貰った頭痛薬が効いたのだろう。あんなに酷かった頭痛はいつの間にか引いていた。


 静かに体を起こして、クリーム色のカーテンを恐る恐る引っ張る。隙間から顔を出すと、少し離れたところにデスクがあり、眼鏡をかけた呼続が何かをパソコンに打ち込んでいた。


「……先生」


 おずおずと小さな声で呼びかけると、すぐにそれに気付いた呼続が顔を上げて真を見た。

 眼鏡を外しながら立ち上がり、真の座るベッドに近付く。


「もういいの? 頭痛はどう?」

「薬効いたみたいで、もう大丈夫そうです」

「良かった。それじゃあ、教室に戻る?」

「はい。有難うございました」

「…………」


 真が大人しく頷くと、呼続がパチパチと意外そうに瞬きをして沈黙した。

 嫌味かと思う程長い睫毛だ。

 何か不思議なものを見たような表情に、真は訝しげにその顔を見上げる。


「……何か?」

「敬語に戻ってる」

「……ハァ」


 生徒は教師に敬語で話すよう指導される。だというのに、真に指摘する呼続の口調は何故か不満げだった。


「さっきまではタメ口だったよね? 休んでいる間に、何か心境の変化でも?」

「いえ……別に。先生相手に失礼かなって、思っただけです」

「まあ、他の先生には辞めた方がいいけど……」


 そこで一度言葉を区切り、呼続は少し考えるように斜め上に視線を向けた。

 何を言いたいのか。真は無意識に警戒して一歩後退る。

 それに気付いているのか、いないのか。


 呼続は一瞬の間の後、まるで花開いたようかのような満面の笑みを浮かべた。


「僕は伏見さんがタメ口で話してくれると懐かれたみたいで嬉しいよ。三年生の子とか、結構そういう風に話す子も多いし。伏見さんも、さっきみたいにタメ口で問題ないよ。寧ろ、何だかその方がしっくりくる感じがする」

「……先生って……」

「うん?」


 思わず口端が引き攣ってしまい、真は言葉を飲み込んだ。


「や、何でもないです。もうタメ口にはしません」

「えっ、そう?」


 真が頭を振って完全に要求を拒否すると、呼続は「残念だなぁ」と言って肩を竦めて見せた。

 彼は真と親しくしたい、と遠回しに望んでいるようだった。

 呼続に言われた言葉を真は脳内で反芻したが、浮かんだのは喜びではない。


(この先生、絶対にやばい! 距離感も変だし、計算でも天然でも、どっちでもやばい!)


 オカルト趣味を知った時よりも、今の方が余程真は引いていた。

 真の中の、野生の本能が告げている。


 この男には近寄ってはいけない、と。


 あんな言葉を、あんな顔で言われたのなら、大体の女子は思うだろう。

 『この人は自分と親しくなりたいのだ』と。

 そんな勘違いをした、彼に恋する生徒が学校中にいると考えて、真はぞっとした。


 女子は徒党を組んで情報交換しているのが常なのだ。

 ただの一年生が親しげにタメ口で先生と話しているのを、派手な先輩に見られでもしたら、結果は目に見えている。


(……最悪、呼び出されて、酷い目に遭う)


 酷い目の想像もつかないが、彼と親しくしてもろくな事にはならない事はわかった。


(絶対にタメ口なんかで話さないし……体調が悪くても、保健室は避けよう。この先生、ちょっと変だし……優しいし、顔は綺麗だけど)


 真が一人で固く決意しているその時、授業の終了の鐘が大きく鳴り響いた。


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