第20話 謝罪とズルい大人
「本当にごめんね」
「……トンネルなんて行ってない。恨まれる覚えもない。……もうこの話はしたくない」
感情のまま、放り投げるように告げると、呼続もしゅんとしたまま頷いてベッドの方へ向かって歩き出した。三台あるベッドの内、一番真に近い方を使わせてくれるようだ。
「お詫びと言ってはなんだけど、落ち着くまで寝て行っていいよ。あと……さっきの話、他の先生には内緒にしてくれると有難いな」
「別に誰にも言わないよ。それに、寝れないんだって。……夢見るかもって、怖いもん」
「うん、……そっか」
真の言葉に一瞬呼続の目が輝いた気がしたが、それに気付いた真が目に力を入れて睨むと、おずおずと視線を逸らされた。
流石に、先程の勢いでまた変な話をされたら暴れてしまいそうだと思い、真は思わず力の入った拳を解く。
そのまま、ベッドのカーテンが引かれ、白い清潔感のある寝具に寝転がるよう、控えめに手で指示された。
室内履きを脱いでベッドに膝をつく。制服のままベッドに入るのは変な気分だった。
「頭痛薬は持ってる?」
「今は持ってない」
「これ飲める? 僕の私物なんだけど、薬のアレルギーとか、ない?」
そう言って呼続が手渡してきたのは有名な市販の鎮痛剤だった。特にアレルギーもない真は、渡されるままに素直に受け取る。
呼続がデスクの方に一度戻り、「未開封だよ」と言って水のペットボトルを手渡してくれた。
一瞬迷って結局受け取ると、どこか気まずそうな顔で呼続が続ける。
「本当は薬を生徒に渡すのは問題になるから駄目なんだけど……内緒にしてね」
「……なんか、先生とは内緒ばっかり」
「確かにね」
真がちろりと軽く睨むと、呼続は眉を下げて気後れしたように苦笑した。
普通にただ黙って立っていれば俳優やモデルのように整った顔をしているのに、その表情は彼をより身近な存在に見せた。
大人しく薬を飲んで、水も一気にペットボトルの半分程飲む。久しぶりに大きく感情を乱したからか、とても喉が渇いていたので冷たい水は有難かった。
「あの……」
「うん?」
「……ありがとう、ございマス」
目を見て言うのは何となく癪で、明後日の方を見ながらそう言うと、呼続が声に出さずに笑ったのが見ずとも気配で解った。
正当な詫びとはいえ、薬も水も、他の教員に知られたら呼続が注意されるだろう。確かに先ほどは怒りで我を忘れていたが、真の口調も褒められたものではなかった、と真はじわじわと後悔した。
そんな真に気付いているのか、呼続は殊更優しい声をかける。
「さあ、横になって。眠らなくても目を閉じて、横になるだけでも体の疲れは少し取れるから。……信じてないね?」
「信じてない、って訳じゃないけど……」
真の胡乱げな視線を受けて、呼続が肩を竦めて笑った。どこか気安い笑みに、真も少し体の力を抜いて呼続の言葉を素直に受け止める。
「視界から入ってくる情報を遮断すれば、頭は案外休む事ができるんだよ。横になる事で、筋肉も緩む。あまり馬鹿にするものでもない。……ゆっくりおやすみ。何かあったら呼んで」
寝物語のようにそう言って、呼続はカーテンを軽い音を立てて閉めた。そのままデスクに向かったのだろう。室内履きの、ペタペタという聞き慣れた音が遠ざかっていく。
真は言われた通りに目を閉じて、先程言われた事を反芻した。
(……”親しい友人”……か)
そう言われ、真っ先に思い浮かんだのは勿論ゆうりの顔だった。
クラスの誰よりも付き合いが長く、彼女の友人の中でゆうりを一番理解している人間は自分だという自負が真にはある。
自分がゆうりより優れている所など思い浮かばない。相手の方が優れているという劣等感が無ければ、呪いなどかけないだろう。
安易な思考かも知れないが、少なくとも自分が誰かを呪おうと思ったら、嫌味なやつや、危害を加えてくる人間――そういった、嫌いな奴にすると思う。
真は、自分を完璧な人間だとは思っていない。
けれど、”ゆうりに嫌われている自分“というものが、上手く想像できなかった。
目を閉じると眠ってしまうのではないかと、真はそっと瞼を上げた。
所々グレーや黄色に染まっている天井をぼんやりと見ながら、そんな事ばかり考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます