第17話 東浦と
驚きのままそちらを向くと、歯を見せて東浦が笑って真を見ていた。いつの間に登校したのか、盗み聞きなんて、と真は少しばかり攻撃的な気持ちで相手を睨んだ。
「びっくりしたぁ……東浦くん、おはよう」
「……急に混ざってくんなよ」
「おはよう! 朝から暗い顔してなーに話してんだよ」
ゆうりが小規模に驚き、真が精いっぱい不満を込めた目で睨むと、東浦は場違いな程明るく返した。
相変わらず軽い通学バッグを机の横にかける。机の中から収まりきらないプリントやノートが零れ落ちたのを見て、ゆうりが拾って手渡した。
学生用のロッカーにもテキストなどの授業に必要な物が詰まっているのを知っている真は、高校には留年という制度がある事を彼は知らないのでは、とつい思ってしまう。
「なんだ伏見、また寝れなかったんか。昨日、アロマ試したんか?」
「そんなモンうちにはない」
「有松に借りればいいじゃん?」
当然のようにそう言った東浦に、ゆうりが困ったように愛想笑いを返した所で、ホームルームの鐘が鳴った。殆ど同時に教師が入ってきて、教卓に向かって歩いて行きながら生徒に挨拶をして行く。
そのまま会話は打ち切られ、三人ともそれぞれ前を向いた。
(うぐううう……あったまいたい)
三限が始まった辺りから、激しい頭痛が真を襲った。気を抜くと吐きそうになる。
窓から見る限り、天気は良さそうだ。気圧のせいではないなら、寝不足から来る頭痛だろうか。けれど、真は眠る訳にいかない。
顳顬に指を置いて強く揉む、少し楽になるが、一時的な物で直ぐにまた痛みは酷くなった。
暫くそうしていたが、やがて黒板も見ていられなくなり、目元を手で覆う。影を作ると少しマシになった気がした。
窓から降り注ぐ日差しが余りにも眩しく、目の前が点滅する程の激しい頭痛に、真は思わず頭を抱えて強く圧迫した。
その後も首を揉んだり肩を揉んだりしていると、流石に見かねたのだろう。横にいた東浦がおい、とボリュームを抑えた低く小さい声をかけた。
「大丈夫かよ、保健室行くか? 行くなら俺、連れてくけど?」
「……サボりたいわけ?」
「てめ、ばか。心配してんだろ。――先生! 伏見が体調悪そうなんで保健室連れてって良いですか?」
「ああ……」
東浦が声を張って教師を呼ぶと、教室中が一斉に真に視線を向けた。多少居心地は悪いが、そんな事に構っていられない程、頭痛が酷い。東浦の大きな声が頭に響いて顔を顰めた。
「伏見、大丈夫か? 早退するなら、届出していけよ」
「えっと……すみません、ちょっと休んできます」
教師に届くように声を張ると余計頭痛が増し、最後の音は空気のように掠れた。興味の薄そうな相槌を打つ相手に、習慣のように軽く頭を下げる。
「……真、大丈夫?」
ゆうりが後ろを振り返って、心配そうな表情で立ち上がりかけた真を見上げた。
「ん……多分、早退はしない、と思う。めちゃくちゃ頭が痛いってだけだから」
「そっか……無理しないでね」
「ありがと」
喋る気力も失い、返答はややぶっきらぼうになった。
ゆうりはそれに対して気にした様子もなく、心配そうに表情を曇らせ、軽く頷いて手を振る。手を振り返す余裕もないまま、東浦の案内で保健室を目指した。記憶を探ってみたが、やはり保健室の場所は覚えていない。
目井澤高校にはクラス毎の教室のある主要校舎の他に二つの専門棟がある。保健室は授業を受けていた建物の一階にあり、昇降口から直ぐの部屋だった。
授業中の為、人気のない階段を、東浦と二人で歩く。一段降りる衝撃に合わせて頭痛が激しくなったり、一時的に引いたりを繰り返すせいで、真は顔を歪めたままだ。
始め真の体調を気遣っていた東浦だったが、気まずいのか、暫くすると雑談を始めた。聞き取れない程ではないが、微かな声だ。体調を気遣っているのか、授業中だからか。
「野球部……ってか運動部全般か。とにかく怪我が多いからさ。結構みんな保健室行くんだよな。俺も何回か行った事ある。先生はたまに職員室にいるから、鍵かかってたら呼びに行かねーと。でも、もしそうだったら俺が行くから、お前は保健室の辺りで待ってろよ」
「うーん……うん、わかった」
真の余裕の無い、おざなりな返答も気にせず、東浦は続ける。
「すっげー美人な先生だよ。喋り方とかも丁寧で優しいし、ファンクラブとかできそうなレベルだし、芸能人みたい。三年が職員室に先生呼びに行って一緒に飯食ったりとかしたって聞いたけど」
「それ、大丈夫なの」
「一応ダメじゃないらしいけど。まあでも、断られる事の方が多いじゃないか? たま~に、一緒に食ってるやついるよ。食堂とか」
「へえ」
主に東浦が、小声で話している間に保健室に着いた。東浦が指の節で三回ノックをすると、すぐに中から「どうぞ」と声が返ってきた。
(ん?……あれ?)
真は意外に思いながら、「しつれーしまーす」と適当に挨拶をする東浦に続いた。
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