第16話 通学

 五分程歩くと駅方面へ向かうバス停がある。


 ぼんやりと空を見上げると、雲は少なく快晴で、春を過ぎた日差しは強い。良い天気、と思いながら、定刻を四分過ぎて到着したバスに乗り込んだ。


「おはよう、真」


 バス停で停まるのを二回繰り返し、アナウンスと共に開いたドアの方から、いつも通り声をかけられた。

 バスのステップを悠々と昇り、ゆうりが長い髪を揺らして微笑んでいる。メイクもしていない筈の肌は白く、暖かい日差しを浴びて頬が薄らと赤らんでいた。


「おはよ、ゆうり」

「今日良い天気。……なんだか、やっぱり今日も眠そうに見えるけど……」

「んーん、大丈夫だよ。あ、そういえば、昨日、お母さんに連絡するの忘れてさ」

「ああ、怒られちゃったか。……おばさん元気?」

「元気過ぎるよ。今朝だって、遠回しにバカ呼ばわりされたんだから」


 真が今朝の美琴を思い出し、げんなりとした表情を作ると、それを見たゆうりも品よく笑った。


 他愛もない話をしている間に急な上り坂や下り坂も過ぎ、高校から程近い大通りでバスが停車すると、真やゆうりを含めた同じ制服の男女がぞろぞろと下りた。


「伏見、おはよー」

「おはよ」


 クラスメイト数人に軽く挨拶を返しながら自分の席に着く。隣の席の東浦はまだ朝練なのだろう、席にはいなかった。

 普段は練習や片付けをして、部活がない日はいつもの分を取り戻すかのようにギリギリまで寝るので、部活があっても無くてもいつも遅刻寸前で席に着くのだ。以前、「いつか本当に遅刻するよ」と真が言うと、東浦はそう言って笑っていた。


「ねえ、真」

「うん? どした?」


 真の正面の席に座って、ゆうりは小さな声で真を呼んだ。首を傾げた際に、肩から黒髪がさらりと人房胸元に落ちる。


 ゆうりは少し迷った素振りを見せたが、意を決したように口を開いた。


「後で、昨日言ってた夢の話……聞いてもいい? 真、今日も顔色悪いよ。倒れるんじゃないかって、私、心配で……」


 そう言って表情を曇らせたゆうりに、真は僅かに目を見張った。


 美琴も顔色が悪いと言っていた。そこまでだろうか。朝、鏡で見た自分はどんな顔をしていただろう。


 真が触れて欲しくない事に、ゆうりはいつもそっと見なかった事にしてくれる。


 躊躇いながらも話を切り出したのは、それだけ深刻に見えたからだろうか。


 真は困り切り、情けなく眉を下げた。 

 嫌な夢だが、たかが夢なのだ。ただただ奇妙ではあるが、あまり深刻に捉えられてしまうと申し訳なくなる。


「……んん、別に話すのは良いけど。本当にただ夢見が悪いだけだよ……? 聞いた所で、どうにもならないかも」

「でも、心配だから……もしかしたら、私に何かできる事があるかも知れないでしょう?」

「そうそう! 心配だから俺にも話してよ」

「!……」


 小さな声で会話していた真横から突然溌剌とした声がかかり、二人は同時にびくりと肩を跳ねさせた。

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