第13話 ここにいるよね


 眠れない。


 時計を確認すると午前三時を回っていた。家を出るまで後四時間程……もう良い加減に眠らないと後の自分が辛い事を、流石の真も解っていた。

 体は疲れており、目を閉じると眠る前独特の浮遊感が襲ってくる。


(もう眠った方が良いよね……もしかしたら今日は夢を見ないかも知れないし)


 楽観的に考えようと、目を閉じて寝返りをうつ。


(……でも、あの夢は普通じゃない)


 理由のない確信が真にはあった。明日の事を考える。明日と言っても、もう数時間後の話だ。


 四限目に体育の授業がある。昼休憩前の体育はクラス中が文句を言うけれど、真は机にじっとしているよりも体を動かしている方が楽しいタチなので、どの時間だったとしても嬉しい。


 今回の授業から女子はバレー、男子はサッカーをするらしい。バレーも好きだが、走り回るサッカーの方が嬉しかった。東浦と交換出来ないだろうか。東浦が女子に混ざってバレーをし、自分が東浦の代わりにサッカーをすれば良いのに。


 真は、いつもの縁側に立っていた。遠くから聴こえる蝉の声。他には何の音もしない静かな家。目の前の大きな桃の木。胸の内に嫌な気持ちが渦巻いている。


 何度も見た夢なのに、慣れる事はなかった。

 女は、夢を繰り返す事に真に明らかに近付いている。真の目は塀の向こう、女の気配が動く事に、そろそろと合わせて動いていく。


(……くる)


 女が姿を現して、音もなく進んでいく。足がある事が不思議に思える程静かな動きだ。


 これは夢なのだから、強く念じればその通りになるのではないだろうか。頭の中で、来るな、来るなと念じる。女が踵を返して姿を消す想像をしてみる。でも、それは上手くいかない。下手に女の事を考えると、もっと悪い事が起こるような気さえするのだ。


 女は嫌になる程ゆっくりと進んでいる。

 はあ、はあ、と荒く呼吸をする、自分の呼吸の音がそれ以上に大きく聞こえてくる。


 女の手がまっすぐ上がった。いつの間にか、もう、玄関の前だ。頭が真っ白になり、想像も思考も霧散した。


 その戸は開かない。鍵がかかっているのだ。前回もそうだった。あの女は中には入ってこられなかった。そういう風に出来ているのかもしれない。


 女の白く細い指が戸にかかった。


(開かないで! 来ないで!)


 ガチャン。


 重たい音がして、玄関は開かなかった。鍵がかかっているのだ。


 耳が痛くなる程の静寂が辺りを包む。


 女はそのまま静止した。真は叫び出しそうになりながら、視線を逸らせなかった。


(……良かった)


 あの女はやはり、この家には入れないのだ。

 理由はわからないが。


 真が安堵から、詰めていた息を吸おうと体の力を抜いて、震える睫毛を伏せた。


 次に目を開けた時、真は縁側ではなく玄関の内側、土のような匂いのする土間にひとり立っていた。


 大きな戸には木の支えと共に磨りガラスが嵌め込まれており、薄ぼんやりと、けれど嫌に大きく、女の影が写っている。


(なんで……!?)


 真は叫び出しそうになるのを必死に堪えた。


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