第11話 約束
不意に、ゆうりが真の目をじっと覗き込むように見た。
突然真顔で見つめられ、頭にクエスチョンマークを浮かべた真は、同じようにゆうりの目を見詰める。
「……最近、東浦君とよく話してるね」
「東浦?……あー……なんか、よく絡んでくんね」
「真の事、好きなんじゃない?」
生クリームをパフェ用の長いスプーンで掬いつつ、視線は子供に戻して、ゆうりは冗談めかして言った。
(好き……って、恋愛とかそういう事だよね、多分)
真はゆうりの言葉に、思わず苦虫を噛み潰したような嫌な顔をしてしまう。脳裏に東浦の顔が浮かんで、咄嗟に追い出すように頭を振った。
「そういうんじゃないでしょ……誰とでも仲良いし、隣の席だから話し易いってだけ」
「そう?……真は、東浦君の事好きじゃないの?」
「ええ? 別に、クラスメイトとしてはよく話すけど……恋愛とか、よくわかんないんだもん」
歯切れ悪くそう答えて、真はゆうりから視線を逸らした。
小学生の頃の同級生の姿が脳裏を過ぎる。
もう顔も名前も覚えてない。けれど、時たまそのヴィジョンは現れて、その度に真は何となく悲しい気持ちになる。
終わった事なのに、もうきっと誰も覚えていないのに、真だけがいつまでもその時の悲しみを忘れられない。
きっと、自分の心は小学生のままで止まってしまったのだ。
だから、「好きだ」とか「付き合って」とか「愛してる」とか、有り触れた誰でも抱くらしい感情を、テレビの中の世界のように何処か遠くに感じてしまうのだろう。
「……ふぅん、そっか。……ねえ、真」
「なーに」
伏せていた目を開けてゆうりを見ると、その目は思わず少したじろぐ程、真をしっかりと見据えていた。
「いつか、真がね、誰かの事を凄く凄く好きになったら、一番に私に教えてね。……絶対、誰よりも先に、一番に私に教えて」
何処か縋るように、噛み締めるようにひとことひとこと、そう言って、ゆうりはきゅっとテーブルに放り出された真の手を優しく握った。
真剣な眼差しとは裏腹に、その手の力は簡単に振り解ける程度の強さだった。
ゆうりの手はひんやりと冷たくて、触れられても欠片も不快感がない。
(……ずっとこうしていられたら良いのにな)
不意に真は思って、気恥ずかしさにまた目を逸らした。
いつまでもこうして手を握って、仲の良い友達同士、例え大人になっても。ずっとこうしていられたらいいのに。
もし、ゆうりに彼氏が出来たら、真はきっと祝福するだろう。誰よりも、一番に。
きっと寂しいけれど、それでも彼女の幸福を願えるだろう。
妙な感傷に少しだけ泣きそうになりながら、柔らかく笑みを浮かべて、真からもゆうりの手をそっと握り返した。
「うん。絶対に、ゆうりに一番に教える。ゆうりも、私に一番に教えてよね」
「……うん。絶対に、真に一番に教えるよ」
小さく頷いて、長い髪を揺らしたゆうりの表情が、何故か少しだけ泣きそうに歪んだ。
(もしかしたら、ゆうりも同じように考えてるのかな)
自分と同じように、この関係がずっと続いてくれれば良いだとか、考えたのかもしれない。
何だか気恥ずかしいけれど、たまにはこういう青臭い会話も良いと思った。青春という感じがする。
ゆうりは誰にでも優しいけれど、きっとこんな約束をしようと思ったのは、自分の事をゆうりも大切な友人だと思ってくれているからだろう。
真はそう考えて、溢れるように破顔した。
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