第7話 現実(2)


「伏見、寝過ぎじゃないか?」

「……うるさいなー、東浦は……」


 斜め後ろの席の東浦が揶揄いの声をかけても、いまいち調子が出ない。

 はあ、と知らず大きめの溜め息を吐いた。それを目敏く見ていた東浦は、声のトーンを抑えて言う。


「おい、本当に調子悪いのか? 元気ないじゃん」

「大丈夫だけど……確かに少し寝過ぎたかな」


 真が首を左右に倒して鳴らしながら答えると、心配している顔で「ふぅん」と相槌を打つ。


「しんどいなら保健室行けよ。……何かお前、元気ないと調子狂うわ」

「どういう事?……まあ、無理そうなら保健室行くよ。ありがとうね」

「おう。……何なら優しい東浦くんが保健室まで付き添ってやろうか?」

「やさしーい、ひがしうらくーん。心配なら今日の課題代わりにやってー。明日さ、英文当たるんだよね。出席番号順だと」

「うんうん、元気そうで何よりだ」


 節をつけて歌うように、掌を合わせてにっこりと笑ってみせると、ふん、と鼻で笑って東浦は首を振った。

 どうやら、英語の課題は自分でやらなくてはいけないようだ。はなから期待はしていないので、真も特に気にせず応じる。


(心配かけちゃってるよな……なーんか、調子出ないよなぁ)


 ゆうりにも、東浦にも心配をかけているのは理解している。


 真はいつもへらへらしていて、能天気なタイプだという自覚があった。普段テンションが高い人間が暗いと、グループやら教室やら、いつもと雰囲気が変わるのは何処も同じだ。人間関係が良好である為には、普段の自分でいるのが良い。


 早く気分を変えたいが、中々気持ちが切り替わらない。

 体が何処と無く重い感じがして、やる気が出ない。気分が沈んでいるのが、自分でもわかる。


 東浦の言う通り、本当にアロマでも嗅いだ方が良いだろうか、と思ったが、余りに似合わない気がした。


(アロマって柄じゃないし……他にストレス発散ってなに? 運動したいなー……バレーとか、球技とかいいな)


 テーブルに行儀悪く肘を付いて、ボブにした髪を後ろに撫で付ける。

 授業そっちのけでそんな事を考えているけれど、余り良いアイデアも浮かばない。


 だらだらと課題をこなし、そうこうしている間に六限が終わった。ホームルームの為にまたクラスへ戻るのも億劫だ。


 立ち上がると同時に、ゆうりが真の傍まで寄ってきた。


「ゆうり、さっきはごめんね。ギリギリになっちゃって」

「大丈夫だよ。真こそ、体調は大丈夫?」

「体調はそんな悪い感じじゃないんだけど……気分? なーんか元気出ないっていうか……」


 クラスへと戻る足取りも何と無く重く、真は唇を尖らせた。

 ゆうりは心配そうに眉を下げて真を見ている。真ははたと我に返って、慌てて両手をひらひらと振った。


「ごめんごめん、大丈夫だよ。やっぱり寝不足はよくないんだろうね!」

「でも……」


 ゆうりと真は自宅が近く、高校からの帰り道も最寄駅もほとんど同じだ。

 長く同じ時間を過ごすのに、暗い顔ばかりではいけない。

 心中でそう結論付け、真はゆうりへ改めて向き直った。


「今日さ、気分転換に何か食べてから帰らない?」

「私は良いけど、真は大丈夫なの?」

「大丈夫! 甘いの食べようよ!」


 胸の前で拳を軽く握ってみせると、ゆうりは少しの間の後、仕方なさそうに笑って頷いた。


「クレープにする? パフェも良くない?」

「……私、生クリーム食べたい気分なの。とにかく甘いやつ。……ダイエットとか考えないで糖分を摂取したいの」

「生クリームかぁ……やっぱりパフェかな……ケーキ屋さんはしごする?」


 真がその他にも甘い物を挙げていくと、ゆうりは嬉しそうに笑った。

 それは、我ながらいつも通りの会話に見えて少し安心した。



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