第2話 日常
真は教室に入って席に着くと、眠たい目蓋を擦って俯いた。
挨拶を交わしてからずっとその調子だった真を気にかけていたのだろう。ゆうりが心配そうに眉を顰める。
「昨日眠れなかったの?」
「うーん……」
真は困った顔で笑って、『怖い夢を見なくなる方法が知りたい』と、唸るように言った。
「……疲れていると夢も見ないとか言うよね。そもそも、夢を見ているって事は熟睡できていないとか聞いた事あるし」
「疲れてないから怖い夢を見てる、ってこと? でも……毎晩見るんだよね。それも、同じ夢……」
無意識に声を潜める真の脳裏に、今朝見た夢が断片的に浮かぶ。あまり大きな声で話したい内容ではなかった。
昨日までは、あの女の姿はなかった。
ただ祖父の家の庭を眺めて、漠然と思っていたのだ。
『どうしてこんなに暗いんだろう』――と。
そして、塀の向こうから『なにか恐ろしいもの』、『女』が来ると。
爪先から冷えるような薄気味の悪さを感じて、真は思考を追い払うように頭を振った。
「……毎晩怖い夢を見るの? いつから?」
「えっと、2日前くらいから?……それで、今日も寝た気がしなくて」
誤魔化す為の早口で、真は話を変えようと無理矢理笑顔を作った。
元来、細かい事を気にしたり、いつまでも同じ事を考えていられない性分だ。
夢の事も確かに気になるが、何か怖いCMでも見て、それが深層心理に残っているのだろう。
そう思う事にした。
ゆうりは初め、無理に笑う真の様子を伺うようにじっと見ていた。けれど、真がそれ以上話す気配がないとわかると、話を合わせる事にしたようだった。真の話す動画の話に穏やかにリアクションする。
真とゆうりは小学校からの同級生だ。
高校生になった今では家族以外では一番長い付き合いになり、それ故に彼女の心配性は骨身に沁みて理解している。
目の前の席に座り、振り返るようにこちらを見ているゆうりの顔をじっと見る。
長い黒髪がさらりと肩から胸下まで落ち、いつも石鹸のような甘くて爽やかな良い匂いがする。大きな目と、いつも穏やかに笑んでいる口元。
アイドルになっても通用するような、華やかな美貌だ。
昔から、ゆうりは綺麗な子供だった。誰が見たってそう言うだろう。
ゆうりは小学三年生の時に、真の通っている学校に転校してきた。当然ながら、転校初日からゆうりは女子に囲まれ、可愛い可愛いと持て囃されていた。
反対に真はたった十五分の休憩にも、グラウンドを男子と一緒に走り回っているようなタイプ。女子の友達もいるにはいたが、活発過ぎて話が合わない事が多かった。故に真は、ゆうりが転校してきても、彼女とはろくに会話もしなかった。
その時は、まさか高校に上がっても仲良く登下校しているとは思わなかった。そう思うと、今更ながら不思議に思う。
対した真は、小学生の時から特に何も変わっていない。
顔も、小動物のような愛嬌はあると言われるが、特別整ってはいない。
不細工ではないと思いたいが、持て囃される程可愛い訳でもない。
(まあ、モデルとか芸能人になる訳でもないし、いいけど)
ゆうりの顔を見ながらぼんやりとそんな事を考えていると、教室の入り口の方が賑やかになった。
大きな声でクラスメイトに挨拶を繰り返しながら、短髪の男子が入ってくる。彼が通る度、皆声を掛け合い、教室の雰囲気がパッと明るくなるのがわかった。
「
「はよ。今日もギリギリ遅刻回避おめでと」
「
朝から場違いな程元気な声で、隣の席の椅子が引かれた。日に焼けた肌と跳ねた短髪は、見るからにスポーツ少年といった風体だ。
東浦と呼ばれた男子が、朝からCMに出られそうな程爽やかに歯を見せて二人に笑いかけた。
(出るなら、漂白剤のCMだろうな)
真はやや呆れを混じらせた顔で笑い、脳裏に昔見たような漂白剤のCMを思い浮かべる。
青い空、真っ白なタオルが風に靡いて、そのタオル達の中で東浦が歯を見せて笑うのだ。あまりにもしっくりくるので、勝手に想像した真は笑いを噛み殺した。
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