呼続左京の心霊調査録-1.呪われた少女

水飴 くすり

第1話 『女』


 『女』が来る。


 まことは何故か確信していた。


 田舎の祖父の家には立派な庭があり、母が産まれた際に植えたという大きな桃の木が生えている。一人で住んでいた祖父が亡くなってからは、親戚が管理していると聞いた。


 祖父の亡き後、その家を訪ねる事は極端に減った。


 祖父が生きていた頃は、毎年お盆と正月になると祖父の家に遊びに行った。


 緑に囲まれた庭は、普段住む自宅のある雑多な街よりずっと涼しく感じた。

 地方からも親戚が集まって、祖父の家は毎夜宴会場のように賑わっていた。


 幼いながらもその非日常がとても楽しかった事を、真は覚えている。クラスメイトの言うように、田舎がつまらないと思った事は一度もなかった。


 雨戸は大きく開け放たれており、縁側からぼんやりと見上げた空は都会よりずっと広い。夏の強い太陽光が庭の土を白く照らしている。


(どうして、こんなに暗いんだろう)


 視界に広がった景色は明るく、そのように感じる要素は一つもなかった。遠くから蝉の鳴く声が聞こえるが、どこか遠い。まるで耳とは別の器官でその音を感じているかのように。


 祖父の家に行くと、いつも何処かに人の声や気配があった。

 けれど、今日はそれが全くない。


 真はずっと、縁側から外を見ている。


 石を組んだような形の塀の向こうに、とても恐ろしいものがいると感じている。その気配から、一時も意識を逸らせない。


 『女』は堀の向こうで音もなく移動している。


 大きな音がする訳でもなく、不気味な声もしない。

 それなのに、真には『女』が移動している事が何故かわかるのだ。その不可思議な感覚も、恐ろしい。


 何もかもが現実味のない中、沸き上がる恐怖だけはしっかりと感じる。


 随分長い時間、そうしていたように思う。


(何か……来る)


 不意にそう思って、真はぎゅっと拳を握り締めた。逃げ出そうとする脚は一ミリも動かないというのに。

 真は庭の端の、塀の終わりを見ていた。


 やはり現れたのは『女』だった。


 塀の向こうから、髪の長い、細身の女が歩いてきた。

 オフホワイトのシャツと、フリルのついた黒いロングスカートを穿いた、やけに色白の女。俯いていて表情は見えない。


 ぺたんこのパンプスに包まれた足が、一歩、また一歩、進もうと宙に浮いた。


(……やめて)


 真は叫び出しそうになるのを必死に抑えた。自分の意志で抑えたつもりだったが、喉は張り付いたようで声など欠片も出ない。


 女の足はもう地面に着こうとしている。


 テレビの画面を切り取って映したように、爪先が地面に着くところまでハッキリと見える。真の視力が如何に良くても、有り得ない程鮮明な視界で。


(……入ってきてしまう)


 焦燥感と共に、その言葉が脳裏に浮かぶ。入ってしまう。もう。入ってくる。逃げなければ。『女』が。



 家に入って来る前に。




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