8 思い出計画:5+1=6

 彼女の一週間の欠席の理由は、本人曰く「前半は風邪、後半は撮影の仕事」とのことだった。クラスのみんなは彼女の言葉をあっさりと信じた。


 六月に入り、衣替えをして、制服は夏服になった。男子は学ランが無くなり、白のシャツとズボンだけ。女子のセーラー服の色は、紺色から白色に変わった。


 さて、今日の総合の授業では、修学旅行のいろいろを決めることになっている。


 僕と櫻野さんは一緒の班で、他のメンバーは去年も僕と同クラだったやつらだ。旧二年四組の僕ら五人に、櫻野さんがプラスされた構成である。


 この班編成は、クラスの役職決めをしたのと同じ日に決まったもの。あのときから――いや、あれより前から、櫻野さんはみんなのリーダーだ。


 櫻野さんのコミュニケーション力と行動力は、すごい。彼女はクラス委員になる前から、クラスの全員に自主的にヒアリングして、より良い班編成を模索した。


 仲良しさん同士ができるだけ多くくっつくように、みんなが過ごしやすいように、楽しめるように……と、かなり頑張ってくれたらしい。彼女に群がる人ごみに怯えて、帰りの会が終わったら直帰していた当時の僕も、これは見習わなければならないなと感心したものだ。


 なお、僕はこのとおり彼女と人ごみから徹底的に逃げていたので、面談できたのも最後だった。班決めを行う学活の授業内という、おそらく彼女にとってはギリギリセーフ寄りのアウト。さぞやヤキモキさせただろう。今では少し申し訳なく思う。


 彼女は旧四組の鹿島らに僕のことを尋ねて、僕がぼっちだったことは把握していたらしい。そのうえで「知ってる人とのほうが比較的リラックスできるでしょ?」「ここの班に入らない?」と誘ってきた。たしかに人となりを多少知っているやつとのほうがいいなと思って、僕もオッケーした。


 彼女の事前調査と尽力の甲斐あって、授業中に使った時間はたったの十分ちょっと。揉め事のひとつもなく、にこにこ和やかムードのまま、驚異のスムーズさで決まった。


 余った時間には椅子取りゲームをして、みんなでワイワイした。いいクラスだなぁ、すごいひとだなぁと思った。四月始めの思い出のひとつ。


 そんな努力家ですごい子の櫻野さんと僕らは、今は机を寄せて観光パンフレットやプリントを広げ、話し合いをしていた。先週の席替えで彼女と僕の席は離れたので、近くに座るのはちょっと久しぶりだ。


 僕たち一班の班長になった女生徒、宮本みやもと 優海ゆうみが、教卓から追加のプリントを持ってきた。


「はい。じゃ、いよいよ行き先とルート決めね。何か希望がある人は提案をお願いします」

「はいはいはいっ! なんとか通り! どこでも良いけど、なんか食いもんあるとこ!」


 副班長の鹿しま えいろうが、手をぴんと伸ばして言う。宮本は「はいはい」とクールにあしらった。


「七日町通りとかは、たぶん普通に歩いてたら行くでしょ。てか、食べ物ならどこでもあるし。――他は?」

「わたし……ひとつ良い?」

「お、はなみん。どこどこ? はなみんの希望地なら絶対に行くから、安心して!」

「あのね、野口英世青春館ってところに行きたいの」


 僕は、修学旅行先である福島県会津若松市の観光マップから、櫻野さんが言う「野口英世」の文字を探す。それは、鶴ヶ城のすぐ近くにあった。


「見つけた。ここだって。青春通りとか広場もあるんだね。たぶんここにも食べ物あるよ。良かったね鹿島」

「俺が食いもんにしか興味ないみたいな言い方すんなよな」

「じゃ、その野口英世青春なんちゃらエリアに行くのは、ひとまず決定ね。他は?」

「私、ジェラート食べたぁい。なんかネットで見たんだけど、どこらへんだったかな」

「馬場、ジェラートの場所調べて」

「あーい」


 学習係になった馬場ばば はるが、各班一台ずつ貸し出されているノートパソコンで、ジェラート店を探しはじめる。


 美化係の山崎やまざき わかは、鹿島と一緒に観光パンフレットのグルメページを見ていた。


 こうして見ると鹿島と山崎はお似合いなのに、鹿島は絶賛片思い中である。今のふたりのじれったさを観察するのも面白いが、付き合いはじめたらそれはそれで面白そうだ。修学旅行中に何か進展があればいいなと、僕は密かに期待した。


「白鷺は? なんか行きたいところないの?」

「僕は、鶴ヶ城がちゃんと見られれば満足かな」

「じゃ、鶴ヶ城は集合場所として立ち寄るだけじゃなくて、そこの観光の時間もしっかり取るってことで」

「ん、ありがとう」

「一応聞くけど、馬場は?」

「うーん。俺は、はなみちゃんと一緒ならどこでもいいわ。絶対楽しいし」

「あっそ。形式的にでも、聞いてあげて損した。私も買い物とかに時間かけたいし、他に希望がなければ、この行き先で進めちゃっていいかな?」


 みんなで了承の返事をし、今度は回る順番や滞在時間について決めることになった。自由学習とは言えど、細かな計画表を書いて、先生たちにチェックしてもらわないといけないのだ。


 スタートは食事処、ゴールは鶴ヶ城で固定されていて、真っ先に行くのは必須項目の文化体験。そこまでの時間とルートはすでに先生が記入してくれている。


「……時間の計算とか、面倒くさいね」

「頑張れ班長」

「手伝え学習係」


 宮本と馬場がバチバチしている。喧嘩するほど仲が良いってやつなのか、ふたりは言い合いや睨み合いをしていることが多々あった。


「もし良ければ、僕がやろうか? 旅の行程を考えるの、わりと得意だし」

「え、白鷺ってプライベートで旅行とか行くタイプ?」

「まあ、ひとり旅ならときどき」


 小説のネタ探しや資料集めのためである。


「ほえー、意外」

「なんだよ、そんなに引きこもりっぽいか?」

「うん!」


 失礼な鹿島だ。


「頼んでいいなら、お願いしよっかな」

「ああ。書き終わったら確認してもらう」

「ありがとー」


 僕は宮本から行程表の下書き用紙と行き先メモを受け取って、馬場からノートパソコンを貸してもらった。


 行き先について改めて調べて、おおよその滞在時間を考えていると、隣から視線を感じる。


「どうしたの、櫻野さん。宮本さんたちとおしゃべりでもしてていいよ」

「わたし、手伝えることあるかな。得意なわけじゃないんだけど、こういう旅行の計画……人生で一度くらいは、やってみたくて」


 なるほど。彼女は忙しい人だから、自分で計画して旅行にいったりという経験もないのだろう。僕はパソコンを彼女側にちょっと寄せて、見えやすいようにしてあげた。


「僕が時間とかを言うから、メモを手伝ってほしい」

「うん! わかった」


 彼女は嬉しそうにシャーペンを持って、キラキラとした瞳でウェブサイトのページを見る。


 鹿島がいつかの仕返しとばかりにニヤニヤしながらこちらを見てきたので、僕は口パクで「ヘタレ」と言ってやった。僕の読唇術の結果が信ずるに値するものならば、彼は「おまえもな」と僕に返してきた。


 ムカついたので、僕はパソコンをさらに彼女側に近づけた。僕と鹿島のくだらないやり取りを知らない櫻野さんは「ありがとう」とやわらかく微笑んだ。

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