6 作戦名:はなきえレタス

「頑張れ、はなみん!」

「行け行け、はなみん!」

「はなみちゃん、カワイイー!!」

「はなみちゃん、大好きだー!」

「はなみん、俺と付き合ってくれー!」

「はなみーん!」


 ……大多数の男子の目には、桜野はなみしか見えていないのだろうか。


 なんなら他のクラスのやつらからも応援されているね、櫻野さん。我ら二組男子の熱気が一番だろうけど。あ、また櫻野さんが奪った。意外と強い。


 現在やっているのは三年女子の学年競技、騎馬戦だ。単に紅白で戦うのではなく、自分のクラス以外の五色の騎馬を敵とする。このときに騎手が被るのは、ハチマキではなく帽子だ。


 二組の大将の騎手役を務めている櫻野さんは、他クラスカラーの帽子をすでに五つは持っている。防御力が高いうえに、相手の帽子を取るときの動きはすばやい。


 ちなみに男子は、あとで「ぼうたおさん」をやる。よくある「棒倒し」を元にして作られた、本家とはちょっとルールが違う競技だ。


 一組の大将と白熱した戦いをしていた櫻野さんが、見事に赤の帽子をゲットした。二組男子がウオオオーっと湧く。僕も思わず拍手した。彼女はそれから、さらに二つの帽子をゲット。三組と四組のものだった。


 ほどなくしてピッピーと笛が鳴り、集計作業に入る。「おつかれ! はなみん!」「はなみたんカワイイ!」などの声があちこちから飛び交った。


 順位は下から発表だ。けっこう良い線いっているんじゃないか。


 いやにドキドキとして、結果発表のアナウンスを聞く。六位、五位、四位……の中には、二組はいなかった。やばい、なんか緊張する。どうしよう。


「――三位、五組。――二位、一組」


 と、いうことは……


「一位、二組」


 うぇえええい!! よっしゃああああ!!!!――と、二組男子は全員で叫んだ。普段はおとなしめなやつらも何かしらの声を出した。


 グラウンドのほうにいる女子も歓びの声を上げ、何人かがぴょんぴょんと飛び跳ねて、みんなで櫻野さんに群がった。彼女が人に囲まれて埋もれているのを見て、こんなにも爽快感を覚えたのは初めてだ。



 騎馬戦では大活躍してくれた櫻野さんだが、個人競技の障害物競争では四位というまずまずの結果を出した。始めのほうはビリだったから、走るのは苦手なのかもしれない。


 クラス委員になった日の帰り道で見たときは、もっと速かった気がしたけれど……まあ、騎馬戦での疲れも影響していたのだろう。ちなみに僕も借り物競争では四位だった。


 個人競技はそう配点が大きいわけでもないためか、何位になろうと、それでみんなの不満を買ったり恨まれたりするということはないようだ。二組の空気は清浄である。たいへん居心地いい。


 誰かが派手に転ぶシーンが印象に残ることはあっても、他人の順位なんて、普通は好きな相手や友人のものでもなければ覚えていないのだろう。


 クラスのみんなは、障害物競争のときも「はなみんカワイイー!」とはしゃいでいた。午前の部が終わったあとの昼休み中もワイワイうるさくやっていたから、夕方には喉が潰れているんじゃないかと思う。



 昼休みが終わると、僕と櫻野さんはクラス委員の仕事のために合流した。午後の部の始めに、各クラスの得点と順位の中間発表があるのだ。


「わたしたち、いま何位なんだろうねー」

「何位だろうね。騎馬戦ではお疲れさま。強かったね」

「うん、ありがとう。男子の『棒倒さん』も、頑張ってね。応援するから」

「櫻野さんに応援されれば、あいつらめっちゃ張り切るだろうな。ワンチャンあるかも」


 そんな会話をしつつ、本部に行って中間得点結果のメモ紙と数字のカードをもらった。


「この点数って、実際どうなの? 勝算ある?」

「さぁ。どうだろ。去年の感じと比べたら、悪くはなさそうだけど……」

「うーん、午後もけっこう頑張らなきゃって感じなのかな」


 ボードを持った体育委員のふたりとも合流し、四人でおしゃべりをする。時間になったら、このボードにクラス委員が数字カードを並べて入れて、みんなの前で点数を発表するという流れだ。


 数分後。発表された得点「276」を見て、我ら二組の仲間たちは「おー」「あぁー」「うーん」と微妙な反応をした。隣の一組の点を見ると、あちらとは三十点ほどの差で負けている。放送委員の順位発表の声に耳をすますと、二組は三位とのことだった。


「白鷺くん、君の読みはどう?」


 櫻野さんが、コソコソっと聞いてきた。数秒間考えてみて、僕は答える。


「優勝は厳しいかもだけど、準優勝なら可能性あるかも」

「わかった、ありがとう。がんばろーね」

「ああ」


 得点ボードを片付けると、三年男子は「棒倒さん」の準備のために移動した。学年競技であるこれは、騎馬戦同様、得点にかなり影響する。今まで予行練習などではビリしか取れていない僕らだけど……


「おい、てめぇら。本気だすぞ、マジで。はなみちゃんにカッコいいとこ見せるぞ」

「うっす」


 円陣を組むと、体育委員の高橋がみんなを鼓舞した。中でも馬場が、特に大きな声で返事する。

「クラス委員もなんか言えよー」と高橋に促され、僕も何か言う流れになった。うわ、考えてなかった、どうしよう。


「あー……とにかく怪我なく、楽しもう。鹿島は山崎さんに勇姿を見せてやれ」

「おう――って、お前なんで山崎のこと……!」


 そりゃ、バレバレだったからな。鹿島や馬場は、去年も同じクラスだった陽気な面白い男子である。前まではただの観察対象だったが、最近ちょっと話すようになった。


 顔を赤くした鹿島を見て気分が良くなった僕は、柄にもなく言葉を付け足す。


「女子が騎馬戦で一位とってくれたので、男子も気持ちは一位を目指そう。無理ゲーだと思うかもしれないけど、戦う前に諦めないこと。頑張ろう、黄緑組」

「うわー、白鷺がなんかまともなこと言ってる。でも迫力ないな」

「んだよ、馬場。茶化すなって」

「白鷺って、去年そんなキャラだったっけ? あ、はなみちゃんに影響された?」

「かもな。僕じゃ迫力ないらしいから、高橋くん。もう一回喝入れてくれ」

「おっす。――我らが黄緑組! 優勝目指して一心不乱で行けぇえ!! 勝つぞ!」

「オオォォォオーッ!!」


 あー、ベタな青春っぽい。あとで思い出すと恥ずかしくなるやつだコレ。でも中学の運動会はこれで最後だし、ちょっとくらいテンション上げてもいいのかな。よし、噂の文化祭マジックの類似現象ということにしておこう。


 こうしてみると、行事にやる気を出して楽しもうとしてくれる二組のやつらって、みんなわりと良いキャラしてるのかも。これで今日もビリだったら笑うしかない。


 整列して、三年男子は派手な音楽とともに入場する。定位置について、開始の合図をしゃがんで待っていると、「おい、あれ」と高橋が声を上げた。


「見てみろよ、女子。なんかレタスみたいなの持ってる」


 言われて見てみると、たしかに二組女子がレタスみたいなものを持っていた。担任の佐藤先生も櫻野さんの隣に座って、Tシャツと同じ色のレタスを持っている。


「さっちゃんもレタス持ってるじゃん。かわいいー。まじウケる」

「バッカ、レタスじゃねーよ。あれだろ。チアリーダーとかが持ってるやつ」

「てかさ、あれ『はなきえ』でやってたよね!? クラスカラーのポンポンで応援するってやつ。お花紙で作るんだっけ。もしかして、はなみんが企画してくれたんかな」

「えー、なにそれ。めっちゃ良いじゃん。超やる気でる」


 そうこう話していると、男子の視線に気づいたのか、二組女子がポンポンをフリフリしはじめた。なんだろう、みんな普段より可愛く見える。


「――よし、勝つぞ!」

「おうっ!!」


 まだ競技は始まっていないのに、あれだけで一部の男子の士気は急上昇したらしい。単純だ。だがこのほうが都合は良い。


 ピーっという笛の合図で、いよいよ「棒倒さん」が始まる。僕を含むほとんどの男子は、自分のクラスの棒が置いてあるところへと走った。


 この競技では、守り側の生徒は「棒倒し」とほとんど同じことをする。長さ数メートルの棒を地面に垂直に立て、倒さないようにホールドするのだ。


 事前に立てた戦略のとおりに、僕ら守り側は固まった。がっしりと体を組み、重たい棒をみんなで支える。


 棒倒しと大きく違うのは、攻撃側――ここでは「登り手」と言われる三人の代表生徒の動き。


 彼らは、一般的な棒倒しとは違い、他のクラスの棒を倒すとか旗を取るとかいうことはしない。自分のクラスの棒に登って、そのてっぺんに旗を挿す。それが彼らの役割だ。


 僕らのクラスでは、まずは第一登り手の木村が黄緑色のハッピを着て、一本目の旗を手に持ってトラックを半周走る。それから木村は二組の棒に登って、旗を挿す。


 守り側は登り手が登りやすいように、棒をできるだけ真っ直ぐになるように安定させ、時には踏み台になる。


 木村が無事に旗を挿したのか、二組女子の歓声が聞こえた。競技中は女子の姿なんて見えないけれど、さっきのレタスもといポンポンを持っていた姿が脳裏に浮かぶ。このバランスを絶対に崩させないぞ、と力がみなぎった。


 木村は棒から降りて、またトラックを走り、第二登り手の高橋にハッピをパスする。同じ流れで、これから高橋と鹿島も旗を挿すことになる。


 守り側は棒を真っ直ぐに保ち、登り手は自分のクラスの棒に三つの旗を挿し、最後の登り手がゴールラインを越えるまでの速さを競う。それがこの「棒倒さん」だ。棒倒しの伝統を残しつつ、危険性を軽減させるために作られた新競技。


「ぐっ……」


 大怪我をする危険性はあまりないとはいえ、キツいところはやっぱりキツい。構えていても、踏み台にされたときの衝撃には声が出た。


 応援してくれている女子の声が耳に届く。高橋が降りたから、次に来るのは最後の鹿島だ。競技中の守り側は自分たちの順位をよく知ることはできないけれど、体感時間としては、いつもより速く進んでいる気がした。


「うおおおおっ!」


 鹿島が声を張り上げ、棒に登りはじめた。頑張れ鹿島。鈍感な山崎からの好感度も、これで1ミリくらいは上がるかもしれないぞ。


 数秒後、二組女子の大歓声が聞こえた。鹿島がすばやく棒から降りて、そこから全力ダッシュをしていく。彼がゴールするまでは棒を倒して旗を落としてはいけないので、僕ら守り側も最後までしっかり力を入れた。


 再びの歓声。拍手。鹿島がゴールしたようだ。しばらくすると、先生の合図で、もう守り側も崩していいと告げられる。これで――終わった。


「おつかれ黄緑組ー!」

「カッコよかったよー!」

「みんなイケメーンっ!」


 女子がレタスを振り回しながら、男子にねぎらいの言葉を掛けてくれた。男子一同、まんざらでもない。


 ゴール時の様子がさっぱりわからない守り側は、結果発表の声を緊張して待つ。いよいよ、だ。


「『棒倒さん』結果発表。――六位、五組」


 他クラスに拍手を送りつつ、僕らは「ビリじゃなくて良かったー!」と安堵した。次に来るか、まだ来ないでくれ、でも僕らがそんな強いわけないし……


「――五位、四組。――四位、六組」


 半分より上だと、確定した。


「――三位、二組」

「いよっしゃああああ――!!」


 二組男子は肩を叩きあい、ハイタッチをして、バカみたいに喜んだ。練習ではずっとビリだったのに、三位。やった! すごい。すごい……!


 退場して応援席に戻ると、女子の皆さんは、とびきりの笑顔と拍手とレタスで男子を迎えてくれた。


「おつかれー、みんな! あのね、女子みんなで前から話し合っててね、ポンポン作ったの。どう? やる気でた?」


 櫻野さんが嬉しそうに言う。男子一同が頷いて礼を言うと、「黄緑組ばんざーい!」と声が上がる。いくつものレタスが放り投げられ、青空を舞った。

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