第5話
2日目。
男は朝8時に目を覚ました。
普段はいくら早くとも10時を超えないと起きられないのに旅の力とは凄いものだ。
朝ごはんを食べに出よう。
そう決めて男が向かったのは「朝市」だった。
偶然入ったその店は函館駅からほど近い、老夫婦が営業するどこか懐かしい実家のような店だった。
初対面のお婆さんは言った。
「今日はイカよりもホタテが美味いからこれがオススメだよ」
イカ漁は数日前にやったらしい。
「それよりも今朝とれたての新鮮なホタテが美味いよ」とお婆さんは言った。
男はホタテは今まであまり食べたことがなかった。
貝類がなんとなく苦手だったのだ。
でも新鮮なものなら美味しいかもしれない。
と、自分を変えるためにもお婆さんおすすめのホタテと大好きなエビがのった海鮮丼を食べた。
男は普段母の料理に「美味しい」とも「まずい」とも言わないタイプだ。
それでもこの瞬間は思わず声が漏れた。
「美味しい」
「だろう!新鮮な刺し身だと美味いだろう!」
店主夫妻はニカッと効果音がつきそうなほどの笑顔を向けた。
最近はなんとなく生きるために食事をとるだけの日々だった。
「美味しい」とここまで感じたのは久しぶりだ。
自分が美味しいと言うだけでこんなにも笑顔になってくれた店主夫妻を見て男は嬉しく、そして照れくさく思った。
それと同時に母の料理を何も言わず黙々と食べていたことに申し訳なさを覚えた。
帰ったらちゃんと「美味しい。いつもありがとう。」と伝えよう。そう決意した。
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