第8話 対面

門司港の朝霧が徐々に晴れていく中、香織と涼介は信用金庫の会議室で緊張の面持ちを浮かべていた。目の前に座る佐藤隆は、高齢者詐欺の被害者として現れた時とは異なり、どこか冷たい表情をしていた。健一も同席し、彼の動きを見逃さないように目を光らせていた。


「佐藤さん、今日はお時間をいただいてありがとうございます。」

香織が静かに切り出した。

「実は、あなたのIDが使われて不正なアクセスが行われていることが判明しました。」


佐藤は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、

「そんなことが…私には心当たりがありません。」と答えた。


「ですが、事実としてあなたのIDが使われています。」

涼介が冷静に続けた。

「最近、何かおかしなことや、不審な出来事はありませんでしたか?」


佐藤はしばらく考え込み、やがて震える声で言った。

「実は…最近記憶が曖昧になることがあるんです。自分でも説明できない行動を取っていることがあって…本当に覚えていないんです。」


その言葉に香織は不安を感じた。彼女は心の中でいくつもの疑問が渦巻くのを感じながらも、冷静さを保とうとした。

「佐藤さん、それは具体的にどのような状況でですか?」


「夜になると、時々自分が何をしているのか分からなくなることがあります。朝目覚めると、自分の行動を思い出せないんです。」

佐藤は苦悩の表情で語った。


健一は眉をひそめながら、

「それはかなり深刻な問題ですね。でも、まずは冷静に対処しましょう。もしかしたら、何か他に原因があるかもしれません。」と提案した。


「例えば?」香織が尋ねた。


「ストレスや疲労が記憶に影響を与えることもあります。まずは生活習慣や最近の出来事について詳しく聞いてみるのがいいでしょう。」

健一は慎重に言った。


佐藤は深く息を吐き、

「最近、仕事で大きなストレスを感じていました。それが原因かもしれません。」と語った。


「その可能性もありますね。」

涼介はうなずいた。

「まずは、生活習慣やストレスの要因を見直すことで、何か手がかりが得られるかもしれません。」


香織は佐藤に向かって優しく微笑んだ。

「私たちはあなたを助けたいと思っています。何かおかしいと感じたら、すぐに連絡してください。」


佐藤は静かに頷き、

「わかりました。ありがとうございます。協力します。」と答えた。


香織と涼介は、佐藤の協力を得て、彼の行動を追跡し、どのようにして不正アクセスが行われているのかを突き止めるために、さらなる調査を進めることにした。


「これで一歩前進ね。」

香織は涼介に言った。


「そうだ。真実に近づいている。」

涼介も力強く頷いた。


未知の敵と対峙するための新たな手がかりを得た彼らは、次の一手を練りながら、再び門司港の静かな朝に溶け込んでいった。真実を明らかにするまで、彼らの戦いは終わらなかった。


門司港の朝が新たな一日を迎えようとしていた頃、香織、涼介、そして健一は信用金庫のシステム室に集まっていた。佐藤隆との対面から得られた手がかりを基に、さらに詳しい調査を進める決意を固めていた。


「佐藤さんが言っていた記憶の曖昧さが気になるわ。」

香織はシステムログを見ながら呟いた。

「もしかしたら、彼が何かに巻き込まれているのかもしれない。」


涼介はログデータをスクロールしながら、

「ここに不審なアクセスが集中している時間帯がある。これを調べれば、何か見つかるかもしれない。」と指摘した。


「まずは、この時間帯に何が起こっていたのかを徹底的に調べよう。」健一も同意した。


ログデータを分析していると、特定の時間帯に集中して不審なアクセスが行われていることが明らかになった。その時間帯は深夜、佐藤が記憶が曖昧になると言っていた時間帯と一致していた。


「これを見て、涼介。ここに集中しているアクセスログは、佐藤さんのIDを使っているけれど、アクセス元のIPアドレスが違う。」

香織が画面を指差した。


「このIPアドレスはどこから来ているのか?」

涼介が疑問を投げかけた。


「調べてみよう。」

健一は手際よくIPアドレスを追跡し、その結果を画面に表示した。

「このアドレスは、近隣のネットカフェからのものだ。」


「ネットカフェ?」香織は驚いた。

「なぜ彼がそんな場所からアクセスしていたのか…?」


「もしかしたら、佐藤さん自身も気づかないうちに何かをしているのかもしれない。」涼介が推測した。「とにかく、そのネットカフェを調べる必要がある。」


香織と涼介は、健一と共に問題のネットカフェに向かった。ネットカフェは門司港の繁華街にあり、24時間営業していた。


「ここだ。」


健一が指差した店に入ると、店内は薄暗く、パソコンの光がぼんやりと漂っていた。彼らは店員に事情を説明し、協力を求めた。


「最近、深夜にこの席を利用しているお客様がいるか教えていただけますか?」涼介が尋ねた。


店員は記録を確認し、

「はい、確かに佐藤隆さんという方が深夜に頻繁に利用されています。特に、ここの席をよく使っています。」と答えた。


彼らはその席に向かい、パソコンの履歴を調べた。そこには、信用金庫のシステムにアクセスした痕跡が残っていた。


「ここからアクセスしていたんだ…。」

香織は驚きを隠せなかった。

「佐藤さんは本当に自分の意識とは関係なく、ここで何かをしていた。」


「これで確かに彼がアクセスしていた証拠が手に入った。」健一が言った。

「次は、彼が何をしていたのか、さらに詳しく調べる必要がある。」


彼らはネットカフェの防犯カメラの映像も確認した。そこには、佐藤隆が深夜にネットカフェに入り、長時間パソコンに向かって作業している姿が映っていた。


「これで佐藤さんがここで何かをしていたのは確かだ。でも、彼が何をしていたのかはまだ分からない。」涼介が言った。


「次のステップは、佐藤さんに再度話を聞くことね。」

香織が決意を固めた。

「彼がこの行動を本当に覚えていないのか、もっと詳しく確認する必要がある。」


三人は新たな手がかりを持って信用金庫に戻り、佐藤隆との再度の対面に備えた。未知の真実に近づくための道のりは、まだ始まったばかりだった。


再び門司港の信用金庫の会議室に、香織、涼介、そして健一は緊張した面持ちで座っていた。佐藤隆も再び呼び出され、彼らの前に座っていた。先ほどネットカフェで得た新たな証拠を基に、さらなる対話が始まった。


「佐藤さん、またお時間をいただいてありがとうございます。」

香織が慎重に切り出した。

「先ほどの調査で、あなたが深夜にネットカフェからアクセスしていたことが判明しました。」


佐藤は目を大きく開き、

「ネットカフェ?そんな場所に行った覚えはありません…」

と困惑した声で答えた。


涼介はネットカフェの防犯カメラの映像を取り出し、佐藤に見せた。

「これは、あなたがネットカフェに出入りしている映像です。深夜にここからシステムにアクセスしていたんです。」


佐藤は映像を見つめ、顔色を失った。

「確かにこれは私ですが…全く記憶にありません。本当に何も覚えていないんです。」


健一は佐藤の反応を注意深く観察しながら、

「佐藤さん、あなたが深夜に何をしていたのか、もう少し詳しく教えていただけますか?何か他に思い当たることはありませんか?」と尋ねた。


佐藤はしばらく考え込み、やがてため息をついた。「最近、ストレスが多くて、眠れない夜が続いていました。夜中に目が覚めて外に出ることもありましたが、その後の記憶は本当に曖昧です。」


香織は優しく、

「そのストレスの原因について教えていただけますか?」と尋ねた。


「仕事のプレッシャーや家庭の問題で、頭がいっぱいだったんです。毎晩何かに追われるような気分でした。」佐藤は苦悩の表情で答えた。


「それが原因で、無意識のうちに行動していたのかもしれませんね。」涼介が言った。

「でも、あなたが不正アクセスを行っていたわけではないと信じています。」


「佐藤さん、もう一度協力していただけますか?」香織が問いかけた。

「私たちは真実を突き止めたいだけなんです。」


佐藤は深く息を吐き、

「わかりました。私にできることは何でも協力します。」と決意を固めた表情で答えた。


香織、涼介、健一の三人は、佐藤の協力を得て、彼の生活や行動パターンをさらに詳しく調査することにした。彼らは、佐藤がストレスの影響で無意識に行動している間に、何が起こっているのかを突き止めようと決心した。


「佐藤さんが言っていたストレスや家庭の問題について、もっと詳しく調べてみよう。」

健一が提案した。


「それに加えて、彼の行動を監視するための方法も考えましょう。」涼介が続けた。

「彼が無意識に何をしているのかを確認するために、夜間の行動を追跡する必要があります。」


「佐藤さんの同意を得て、彼の行動を記録する方法を考えましょう。」香織がまとめた。


夜が訪れ、香織、涼介、健一は再び佐藤の家の前に集まった。彼らは佐藤の同意を得て、彼の夜間の行動を監視するための準備を整えた。


「準備はいいか?」涼介が静かに尋ねた。


「ええ、これで佐藤さんが何をしているのかが分かるはず。」香織が答えた。


佐藤は家の中でリラックスしているように見えたが、深夜になると再び不安そうに目を覚まし、外に出かけた。彼らはその後を追い、佐藤が再びネットカフェに向かう様子を確認した。


「やはり、彼は無意識のうちにここに来ている。」健一が呟いた。


佐藤がネットカフェでパソコンに向かい、システムにアクセスしている姿を見た彼らは、改めてその光景に驚いた。


「彼は本当に何も覚えていないんだ。」

香織は信じられないように呟いた。

「次は、彼が何をしているのかを具体的に確認しなければ。」


彼らは再び防犯カメラの映像を確認し、佐藤がシステムにアクセスしている詳細を記録した。そして、彼がどのようにして信用金庫のシステムに不正アクセスを行っているのか、その手がかりを掴むための次のステップを考えた。


「これで真実に近づける。」

涼介が決意を込めて言った。


「ええ、この調査を続ければ、必ず何かが見えてくるはず。」

香織も力強く答えた。


彼らは新たな希望を胸に、さらなる調査に向けて動き出した。真実を明らかにするための道のりは、まだ続いていた。

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