第3話 過去

香織と涼介、そして田中刑事たちは、詐欺グループの逮捕に向けた作戦を練り上げていた。会議が行われている信用金庫の会議室の窓からは、歴史的な建造物が並ぶ門司港の風景が広がっていた。外には穏やかな海が見え、その先には美しい夕焼けが港全体を染めていた。


香織は作戦の詳細を確認しながら、不安と緊張が入り混じった心情を抱えていた。詐欺師たちの動きを監視し、振り込みが行われる瞬間を待つ計画だ。涼介は警察との連携をさらに強化するために、田中刑事と緊密に連絡を取り合っていた。


「この作戦が成功すれば、被害者たちの資金を取り戻せるかもしれない。でも、もし失敗したら、さらに被害が拡大するかもしれない。」

香織は心の中で自分に言い聞かせた。彼女の目には、被害者たちの顔が浮かんでいた。


涼介は過去の痛みと向き合いながら、冷静さを保つよう努めていた。

「全ては、被害者たちのために。今度こそ、正義を貫く。」

彼の中には、祖父に対する償いの思いが燃えていた。


「田中刑事、私たちは全ての証拠を集めました。これで彼らを逮捕する準備は整いました。」

涼介は資料を手渡しながら言った。


田中刑事は資料に目を通し、深く頷いた。

「これで逮捕に踏み切れる。ただ、詐欺グループがこちらの動きを察知する可能性もある。慎重に行動しましょう」


会議が終わり、香織と涼介はしばらく窓の外の風景を眺めた。門司港の古いレンガ造りの建物と、歴史を感じさせる石畳の道が夕陽に照らされている様子は、二人にとって一時の安らぎを与えた。


香織は心配そうに涼介を見つめた。

「涼介、もし何かあったらどうする?」


涼介は力強く答えた。

「香織、大丈夫だ。私たちは準備万全だ。絶対に成功させよう。」


作戦の前夜、香織と涼介は最後の確認作業を行っていた。香織はデータベースを再チェックし、涼介は警察との連絡を確認していた。その時、香織の顔が急に曇った。


「涼介、見て。」

香織はモニターを指差し、不安そうな表情を浮かべた。


「証拠が…消えてる。」


涼介は驚きと焦りを隠せなかった。

「どういうことだ?誰かがデータにアクセスしたのか?」


香織はデータベースのログを確認し始めた。

「最近のアクセスログを見てみるわ…あった。誰かが昨夜、データベースにアクセスしている。しかも、外部から。」


「これじゃあ、逮捕するための根拠がなくなってしまう。誰かが意図的に消したとしか考えられない。」

涼介は拳を握りしめた。


香織は冷静を保とうと努めたが、心の中では不安が渦巻いていた。

「内部に裏切り者がいるのかもしれない。まずはアクセスした人物を特定しよう。」


涼介は深呼吸をし、気持ちを落ち着けた。

「そうだ。焦っても仕方ない。ログを解析して、どの端末からアクセスがあったのかを突き止めよう。」


香織は涼介の言葉に励まされ、再びモニターに向き直った。

「このIPアドレス…信用金庫内のものじゃないわ。外部のアドレスだけど、特定の場所からだ。」


「この場所、以前に詐欺グループの一員が使用していた場所と一致している。」

涼介はメモを見返しながら言った。

「これで手がかりがつかめるかもしれない。」


香織は心の中で決意を新たにした。

「絶対に証拠を取り戻す。そして、被害者たちを救うんだ。」


涼介は力強く頷いた。

「そうだ。俺たちは諦めない。全力でこの状況を打開しよう。」


涼介がログの解析に集中している間、彼の心は過去の痛ましい記憶に引き戻されていた。彼の祖父が詐欺に遭ったのは、涼介がまだ大学生の頃だった。


---


暖かい春の日、涼介は祖父の家を訪れた。祖父は庭で手入れをしていたが、その顔には深い苦悩が刻まれていた。涼介が声をかけると、祖父はやっとのことで微笑んだ。


「涼介、おかえり。」


「おじいちゃん、どうしたの?元気がないみたいだけど。」

涼介は心配そうに尋ねた。


祖父は深いため息をつき、椅子に腰を下ろした。「実はな、最近電話で詐欺に遭ったんだ。銀行員を名乗る男に騙されて、大金を振り込んでしまった。」


涼介は驚きと怒りを感じた。

「どうしてそんなことに…。警察に相談したの?」


祖父は首を振った。

「警察には言ったが、すぐに犯人を捕まえるのは難しいと言われた。自分の不注意でこんなことになって、本当に申し訳ない。」


涼介は祖父の手を握りしめ、

「おじいちゃんのせいじゃないよ。詐欺師たちが悪いんだ。僕が必ず助けるから。」


その日から、涼介は詐欺事件に対する強い憤りと、祖父を守れなかった悔しさを胸に秘めて生きるようになった。信用金庫で働くことを選んだのも、その思いがあったからだ。


---


涼介は深く息を吐き、過去の記憶を振り払った。「今回は絶対に同じ過ちを繰り返さない。祖父のためにも、被害者たちを救うためにも。」


香織は涼介の決意を感じ取り、彼の肩に手を置いた。

「涼介、大丈夫よ。私たち一緒にやり遂げるわ。」


涼介は力強く頷き、再び解析作業に戻った。

「絶対に証拠を取り戻してみせる。」

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