第57話 緑化作戦、開始!
決行まで、一週間がかかった。
水精霊神殿の入り口までやってきたリィトは、大きく息を吸い込んだ。
「水精霊、起きてくれ!」
リィトの声が響く。
その声に応じるように、神殿の周囲を満たしている沢の水がうねった。
うねり、ねじれあがり、形をなしていく。
地上に顕現した水精霊は、日の光に照らされて、地下で会ったときよりも美しく輝いていた。
「……リィト・リカルト、我が名を呼んだか」
「ああ、約束を果たしにきた」
風が吹く。
濃い緑の匂いがする。
「……これは」
水精霊が、わずかに目を見開く。
「……木々が、蘇っている」
「まだまだ、根の定着は遅いけれどね」
「これは、そなたの力か? 人の子の魔導師よ」
「植林だよ、花人族たちが助けてくれた」
残り少なくなってきたリィトの手持ちの種子を発芽させ、トーゲン村で育て、苗とした。リィトの植物魔導による生長促進すらも、ほとんど必要ないほどだった。
世界樹の若木の近くに植えて育てると、良質な苗になる。
日向が好きな苗、日陰でないと育たない苗。それぞれの性質によって、山の随所に花人族たちが苗を植えていってくれたのだ。
山の土壌は痩せていて、水分も少ない。木を生長させてしまうのは、心もとないが……魔力を多量に含んだ水分があれば、その限りではない。
「ひどいな。大気に聖なる力が少しも含まれてない……とはな」
水精霊がぼやく。
かつての世界であれば、ありえないほどに神秘の枯渇した世界。
魔導師たちが、個人の魔力量という才覚や才能にまかせて魔導を使用しなくてはいけなくなった。
かつては、この世にあまねく存在していた
世界樹が芽吹いたこの地なら、かつての理想郷を再現できるかもしれない。
水精霊の水で作ったベリー、野菜、そして、ゆくゆくは米。
最高だ……絶対に美味しい……!
広大な農園と、炊きたてのごはんを夢想するリィトは、緩む表情を引き締めて、キリッとした声で言い放つ。
「力を貸してくれ、水精霊よ……俺の領地を潤してくれないか」
称号『世界樹の祝福者』の保持者であるリィトは、どうやら精霊に対して影響を及ぼすことができるようだった。
休眠モードだったナビが顕現する。
「
ならば。
リィトがするべきことは、ひとつ。
(決まった……今の言い回し、めちゃくちゃファンタジーっぽかったぞ!)
思わず、ぐっとこぶしを握るリィトだった。
「……了解した」
水精霊は静かに目を閉じる。
風が吹く。
せせらぎが聞こえる。
水精霊の体が輝き、ざわめく。
休眠モードだったナビが顕現する。
「魔力反応、増大──水精霊、変成します」
その瞬間、リィトは腰につけた革袋を手にとった。
その中には、小さな粒状の種子が入っている。
「仕込みは流々、仕上げをご覧じろってやつだな」
時代劇的なセリフで、ちょっとかっこつけてみる。
こういうのは、楽しんだもの勝ちだ。
「水は世界樹のまにまに世界を巡る──」
水精霊の放つ光が最高潮に達し──その体から、大ぶりの剣が出現した。
水で出来た大剣を、水精霊が構える。
大地に剣を突き刺すと、水があふれ出していく。いや、あふれ出すなんてものではない、噴出してきた。
と、同時に、水精霊の輪郭がぐにゃりとゆがみ、こんこんと湧き出す水源に変化する。
神殿が湖になる。
湖があふれ出し、小川が流れる。
干上がって久しいけれども、もともと川が流れていたところに水が流れ込
む。リィトがこの土地を買ったときに見た地図から、その経路は計算済みだ
小川がうねり、川になる。
どうどうと流れる清水が、しぶきがリィトの頬を濡らす。
「おお……っ!」
「報告。魔力含有量が基準値の4.5倍に達しています」
「よし、これなら──」
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