第55話 いえーい、めっちゃファンタジー♪
◆
花人族の美少女と魚人族の群れ。
誰がどう見てもフラウが拉致されてきたのだろうという絵面だが、驚いたことに非常に和やかな雰囲気だった。
──魚人族と花人族には共通点があった。
「ジェスチャーが、わかる?」
こくん、とフラウは頷いた。
リィトはフラウとともに
泡の中には空気が閉じ込められていて、草ボンベなしで過ごせるようになっていた。
呼吸ができる。つまり、会話ができるということだ。
「はぁ~、どうなることかと思ったにゃ」
ナビに抱えられるように水馬に揺られるマンマ。
「マスターとの同行ですので、最後にはどうにかなります」
「うにゃ?」
「マスターは、たしかにアレなときはありますが……いかなる危険も乗り越えてきた方です」
「アレにゃ?」
むむ、とマンマは考える。
思い出したのは、直前に感じたリィトとの緊迫したやりとりだ。
「……おしっこが近い、かにゃ」
「は、はい?」
滑るようにすすむ水馬は、水底へ水底へと潜っていく。
「水精霊、寝てます」
フラウの言葉に、魚人族がこくこくと頷く。
珍妙な踊りにしか見えない、魚人族と花人族のジェスチャーでのやりとりがちょっと微笑えましく思ってしまう。
魚人族の能力(おそらくは粘液)で作られた気泡だ。
その中で、
花人族であるフラウが、本気を出して光合成をした結果だ。
草ボンベを開発したリィトの発想に着想を得たらしい。
花人族の力、もしかしたら見くびっていたかもしれない。
「こっち、ついてこいと言ってます」
「……これ、罠じゃないよな」
「ちがう、です」
フラウは断言する。
「……助けて、って言っています」
深く、深く。
潜っていった先。
その美しい女性は眠っていた。
大量の水に満たされた空間を通り過ぎ、リィトたちが行き着いたのは、上階の神殿によく似た造りの部屋だった。
そこにいたのは、ひとりの女だった。
──青みがかった肌は半透明で、耳の部分にはカチューシャのように豪奢な魚のヒレがついている。水で構成されたドレスがたなびいている。
彫刻が施された石の棺の中で、静かに、死んだように眠っている。
──
「ふぁ」
リィトは、震えた。
「ファンタジーだっ!!!!!」
そう。
これぞ、ファンタジーである。
今までエグい見た目のモンスターを無限に討伐する日々だった。
いや、それはそれでいい。
だが、リィトの異世界生活には足りなかったのだ……ワクワクが!
「ずっと、寝てるんです」
リィトたちの周りでズイズイと踊っている(ように見える)魚人族たちのボディランゲージを、フラウが翻訳してくれる。
かつて、世界樹が世界を消したと同時に、水精霊は眠りについてしまった。
水精霊を守るため、魚人族たちは神殿を閉ざした。
数百年にわたって、水精霊は眠り続けているらしい。
魚人族たちは水精霊の加護の元で生きてきた種族であり、何世代にも渡って水精霊を守り続けてきた──しかし、彼らのあがめる水精霊が目覚めることはなかった。
「……それで、えっと……『ときがきた』って、言ってます」
魚人族たちが、ずいずいと踊りながらリィトに迫ってくる。
「……俺?」
そのとき、ナビの身体が光り輝きはじめる。
「なっ──制御不能、です」
リィトと一心同体の、称号やスキルを司る
そのナビが、リィトの意思でもナビの判断でもなく、能力を発動している──その状況に、リィトは目を見開いた。
ありえない。
まるで、自分よりも大きな力が働いているような。
『……世界樹の加護、発動』
硬質なナビの声が響き、スキル『探羅万象』が発動する。
感覚が、拡張する。
と、同時に魚人族たちが湧いた。
さきほどまでがフォークダンスだとしたら、今はもうロックフェスの最前線で頭を振っている状態になっている。
眠っている
まるで。
そこに触れろといっているように。
「……こ、これはっ、スクープの予感っ」
マンマがポッシェットに手を伸ばす。
ペンと手帳を取り出そうとするが……水に濡れて、ほとんど意味を成さない状態になっていた。
「ふにゃっ!? しょ、初歩的なミス!」
ドンマイ、としかいいようのない状況である。
なぜって、そうだろう。
精霊の復活、なんていう歴史に残る発見がこれから行われるのだから。
「はやく、はやく……って言ってますっ」
フラウが魚人族たちのダンスのような言語につられて、ズイズイと踊りながらリィトを急かす。
恐る恐る、手を伸ばす。
水精霊の心臓部分に触れた、瞬間。
「うっわ!」
ナビの身体から光がほとばしり、眠る水精霊が微かに動いた。
『命令者、世界樹の祝福者。対象、
ナビの声とともに、光が収まっていく。
水精霊の体内に光が吸い込まれていき──眠れる森の美女が、目覚めた。
まぶたが開く。
途端に、水精霊の姿が崩れた。
「ひゃっ」
水になり、床に広がり、そして、その水がうごめいて再び人の形をなした。
さきほどまで横たわっていた水精霊が、すらりと背筋を伸ばしてリィトたちの前に立っていた。
「……これが、水精霊……」
真夜中の湖に満ちる静寂を集めたような瞳が、リィトをじっと見つめている。水中にいるかのようにフワフワと漂う長い髪……薄く微笑む、アルカイックスマイルというのだったか、神秘的な表情をしている。
魚人族たちのボルテージは最高潮に達した。
「うおっと!」
「きゃっ」
水精霊を蘇らせてくれたリィトの周囲で、魚人族たちが激しく踊りまくっている。フォークダンスっぽい花人族たちの踊りにくらべて、ロックフェス感がすごい。
「すごく、嬉しいって、言ってます」
「ありがとう、フラウ。見ればわかるかも……」
「きゃっ」
魚人族たちがリィトの周りから離れて、静かに空中にたたずむ水精霊のほうに殺到する。
魚人族たちは水精霊に手を伸ばし、ぴょんぴょん飛び跳ねてている。
「……
「大丈夫か、ナビ!」
正気を取り戻した相棒に、リィトはナビの手を握った。
「問題ありません、ですが、その……アレです、マスター」
「アレって?」
「手を握るのは、ナビにとって不要です。身体接触や言語を介さずとも、マスターのことはよくわかっておりますので」
いつもより少し早口なナビ。
その姿を見ると、
いまだ一言も発さない水精霊と、姉妹だと言われれば納得してしまいそうだ。
「うにゃっ」
目を輝かせて一連の流れを見ていたマンマが、声を上げた。
「あぶないにゃっ!」
「……っと!
振りかえると同時に、ベンリ草を生長させる。
なるべく細かく枝分かれと繁茂をさせた、クッション性に優れた盾を展開し
た──が。
「うわっ!?」
リィトの想像を超えて、ベンリ草が茂ってしまった。
まるで、別の何かの意思が働いたかのように。
(もしかして、『世界樹の祝福者』の影響……!?)
新しく獲得した称号のことが頭をよぎる。
次の瞬間、大量の水がリィトの盾にはじかれる。
術者であるリィトに伝わってくる感触は──
(水魔導でいう、水刃みたいなものか)
高位の魔導師が習得する、水を意のままに操る術だ。
水精霊ともなれば、一瞬にして、呪文もなく発動するのか。
リィトでなければ首を刎ねられていただろう、ということがハラハラと舞い散るベンリ草の葉っぱからわかった。
死ぬところだった。けれども、生きていた。
そのヒリヒリと焼き付く高揚感を味わうのは久しぶりだ。
「──おまえたち」
水精霊が声をあげる。
エコーのかかったような響きが、地下神殿にこだまする。
薄い笑みと、静かな声を崩さずに、水精霊は歌うように語り始めた。
「傲慢なる人の子たちよ、芽吹かぬ愚かな芥子粒たちよ。我らが聖なる樹を枯らし……あまつさえ、我らが眠りを妨げるか」
あ、めっちゃ怒っている。
リィトは身構えた。
前世の中間管理職時代、リィトの同僚にこのタイプがいた。
怒っていれば怒っているほど、慈愛あふれる笑みを浮かべるのだ。
その表情とは裏腹に、言葉は鋭く、ときには手が出る。
そういうタイプの人であったから、彼の逆鱗に触れないようにとリィトの部下がミスを隠蔽してしまったことがあった……早期に対処していれば、なんということもないミスだったが、時間が経ったことでかなりの大炎上になり、火消しと始末書の嵐によりリィトが胃潰瘍になるという事態を引き起こした。
水精霊の微笑みに前世のトラウマを刺激されたリィトは、思わずきゅっと唇を噛みしめた。
「深く傷つけられた世界の神秘を再び打ち壊そうとするか──人の魔導師よ」
微動だにしていない水精霊の周囲に、水が渦巻く。
「ふにゃっ」
「マスター、指示を!」
「あのっ!」
この状況、解決策はひとつだ。
リィトはマンマとナビを遮って、叫んだ。
「何があったんですか? 話、聞きましょうか!?」
「……は?」
ナビから情報が送られてくる。
水精霊の敵性反応が、消えた。
──リィトはそっと首にかけていた水筒に手をかけた。
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