第54話 スキル『探羅万象』
◆
スキル『探羅万象』は、つまりはあらゆる魔力の流れに関する知覚を飛躍的に上昇させるものだった。
(これは、すごいぞ)
水中にいるにも関わらず、視界がクリアなのだ。
前世では小学校の水泳の授業で、上手く水中で目を開けられないタイプだった。他人が水着一枚で入っている水が、目の粘膜に触れるのも気持ちが悪いし。
けれど、今は苦もなく目を開けていることができる。
泳ぐのが得意というわけではないが、水中でどのように手足を動かせば自由に進めるのかが直感的にわかる。
ボンベ草の挙動も良好で、呼吸にも問題がなさそうだ。
(……よし、マンマも大丈夫だな)
マンマは、ナビのサポートを受けながらあとをついてくる。
これも、なんらかのステータス上昇が関係しているのかもしれない。
(うぅん、こっちは神殿というよりは、ただの洞窟ってかんじか)
『
周辺に
(目立ったもの、か。むしろ──)
『……
(だな、警戒をしつつ進もう)
リィトの思考を読み取りつつ、マンマの行動をサポートしている。
実にできた相棒だ。
(うぅん、日の当たらない水中だと、さすがに植物ないか……つまらん)
水草や苔については専門外だ。
植物魔導は土と水の混合属性魔導だ……と、リィトは理解している。自分の他に植物魔導の術者を知らないため、ほとんど独学ではあるのだが。
水と土、その二つを高度に極めているリィトだが、魔導の方向性としては「両者のバランスを取る」というものだ。
だから、水草は専門外。
今後研究してみても面白いのかもしれないが、水属性の魔力傾向が強すぎて
地上に繁茂する植物ほどは上手く操ることはできないだろう。
(……ん?)
そのとき。
リィトの肌がピリリと粟立つ。
『魔力反応あり、警戒体勢を推奨します』
(了解、ナビは行動原理をマンマの保護に設定しろ)
『……
(俺は大丈夫だから、心配ない)
ほんの少し不満そうな、不安そうな声を滲ませるナビに、リィトは親指を立ててみせる。
『……?』
(なんでもないです……)
ナ●シカ的なあれだが、ナビには通じないネタだった。
魔力反応は背後から近づいてくる。
身振り手振りで、なんとかマンマに危険を知らせようとする。
口元に当てた草ボンベを取り落としてしまえば、いっかんの終わりだ。呼吸ができず、周囲に植物もない状態ではリィトにできることも限られてしまう。
(えぇっと、こうして、こうっ! ほっ!)
しゅばっ、しゅば、とキレキレの動きでマンマに危険を伝えるリィト。ナビの内声はリィトにしか聞こえない。
声による意思疎通ができないというのは、かなり不便だ。
シュバッ!
(後ろから!)
シュババッ!
(魔力反応が!)
シュババババッ!
(近づいている!)
リィトの動きを集中した様子で見つめていたマンマは深く頷いた。
逼迫した状況が伝わったようで、リィトはひとまず安心して近づいてくる魔力反応に意識を注ぐ。
その背後にいるマンマは真剣な面持ちで、現状を整理していた。
(にゃふ……リィト……そんなにトイレに行きたいのにゃ……っ!)
ごくり、と喉が鳴る。
どうにか我慢してもらわねば。
水中での漏洩は、かなりの大事故である。
緊張の面持ちの一同の心中は、少しのズレがあるのだった。
『……あれは、フラウさん』
ナビが怪訝そうな声をあげた。
リィトの目にぼんやりと浮かんできたのは、フラウの姿だった。
この水中に、どうして?
『……フラウさんのバイタルは安定しています。呼吸状態も良好……どういうことでしょう……
フラウには呼吸用の草ボンベを渡しているわけではない。
だが、バイタルが安定しているというのは朗報だった。
ひとり残してきたフラウに何かあっては、というのはリィトの心配事だったのだ。神殿内に危険な反応はなかったはずだが。
しかも、近づいてくるのはフラウだけではない。
周囲には、フラウと同じくらいか、もう少し小柄な人影がある。
『あれは……照合および
(なっ、魚人族……実在したんだ)
フラウの周囲をとりかこんでいるのは、魚の顔に赤ちゃん体型、ちんちくりんの手足が生えたマスコット的な見た目だ。
ぎょろっとした目が、不気味でもあり、つぶらでもあり。
……サン●オっぽい。
それが、リィトの抱いた第一印象だった。
近づいてきて、視認できる距離にやってきた一団を見て、マンマが吹き出した。
「もごごっ!?」
藻掻いたマンマが、パニックを起こして沈んでいく。
『
「ふにゃ、……ぶくく」
マンマが溺れかける。
草ボンベを手で押さえるのを忘れて、ポシェットをまさぐろうとしたのだ。
メモ帳とペンを取り出そうとしたのだ。
口先だけではない、記者魂である。
一瞬、マンマに気を取られていたリィトは、魚人族たちの一団に目を戻して──マンマが何に驚いたのかを理解した。
「ぶぼっ!」
フラウは、水中ではありえないものに乗っていたのだ。
馬だ。
いや、いかに子どもっぽい体型の花人族であっても、馬に乗ることもあるかもしれない。だが、ここは水中だ。
白い馬体。
蹄は貝殻。瞳は水晶。
明らかに、リィトが知っている地上の生物ではない。
かといって、嫌というほどに戦ってきたモンスターとはまったく違う気配がしている。
(まさか、あの馬が水精霊……?)
だいぶ想定と形状が違う。馬かぁ……ちょっとがっかりだ……。
「照合完了……
──馬だった。
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