第52話 草ボンベ
泣き止んだマンマは、ぺちぺちと両方の頬を叩いた。
「本当に大丈夫なのか?」
「もちろんにゃっ! 記者魂、ナメないでほしいのであるっ」
むふんっ、と勇ましい表情。
「それに、わがはいにはこれがある!」
じゃじゃん、と取り出した水筒には見覚えがある。
マタタビ酒だ。
「飲酒はだめだろ」
「いやいや、景気づけにゃ!」
「……没収」
「にゃーーーーっ」
リィトは没収した水筒を首にかけた。
酒クズの手の届くところに酒を置いてはいけない。
「……解析完了しました」
スキル『探羅万象』で神殿内をスキャンした結果、中央にある祭壇がフェイクだということがわかった。
その下に、さらに空間が広がっていたのだ。
祭壇にかかっていた封印を解くと、その下には水で満たされた階段があった。
狭い入り口から中を覗き込むと、数メートル先も見えないほどの暗さだ。
「ふにゃ……また水を抜くことはできないのにゃ?」
「それは難しいと思う、水系の魔導師を連れてくればあるいは……ってかんじだけどな」
「むむぅ」
「あるいは……」
リィトにはひとつ、秘策があった。
ベンリ草の種をいくつか水の中に落とす。
「──
植物魔導を発動する。
ベンリ草の生長に関わる細胞を数百倍、数千倍活性化させる。
リィトの魔力を吸い上げて、ベンリ草が育っていく。
繁茂、繁茂、繁茂。
フラウがその様子に瞳を輝かせる。
神殿内を埋め尽くすほどの巨木に育っていく。
たくましくうねった幹に、フラウはうっとりとした様子で頬ずりしている。花人族の植物好きにも慣れた頃だと思っていたが、リィトが魔法を使うたびに大喜びしてくれるのには、さすがに感心してしまう。
単純に、照れくさいというのもあるが。
「……あれ?」
ふと、リィトはベンリ草の生長を止める。
おかしい。
祭壇の下の通路を確認するが──水が、まったく減っていない。
「全然減らない……って、おかしいな」
「ふにゃ、どういうことである?」
「植物の生長には、光と水と酸素が必要だろ。で、どれくらいの水で生長するかっていうのは植物によって変わるんだ」
大量の水を消費する農作物、たとえばトマトを一つ栽培するのに必要な水は五〇リットル──畑一面のトマトを栽培しようとすれば、膨大な水が失われることになる。
地下を満たす大量の水をくみ上げることは、植物魔導師であるリィトには不可能だ。
だが、水を大量に消費して生長するように植物を創り変え、意のままの速度で生長させることであれば可能だ。
理論上は、巨大な湖を干上がらせることができるほどに──というか、実際に対魔百年戦争で水中にある
ロマンシア帝国最大の湖の底に、大型水棲モンスターを吐き出しつづける
それらを一気に討伐するために、リィトが取った作戦が『水を干上がらせる』だったのだ。
しかし。
湖よりは水量がおとるはずの、神殿地下の水かさが少しも減らないというのは異常だ。
「ナビ、状況報告」
「水底から魔力反応あり──他、微弱な生体反応を検知」
「数は?」
「魔力を帯びた水のせいで実数を把握できませんが、五から八……精度をあげての
「いや、いい。データベースにない反応なんだろ」
「
テンポ良くやりとりをするリィトとナビの様子に、フラウはぽかんとしている。
たしかに、かつて帝国内を転戦していたときには毎日のようにナビとこういったやりとりをしていたけれど、トーゲン村に暮らし始めてからはじゃれ合うような会話ばかりだった。
久々の感覚と知らない間に様変わりしていた自分たちの暮らしに、思わず吹き出してしまうリィトだった。
「他の植物はダメなのかにゃ?」
「うーん、実は持ってきた種子も心許ないんだ。ベンリ草以外は、地道に拾い集めるなり、腰を据えて種子を増やすなりしないといけない」
もとより水を食う種類に、植物魔導をかけてリトライすることもできる。だが、確実性がないうえに貴重な種子を消費するのはいただけない。
「撤退しますか?」
「いや……」
未知の状況。
もしもリィトたちに敵意がある存在が、水中に待ち受けているとすれば──かなりの危険があるだろう。
だが。
リィトの引き下がるという選択肢はない。
「これだけの水を村に引ければ、畑も飲み水も心配なさそうだ」
「水質に問題はありません」
「なら、潜ろう」
水源の確保は、リィトにとって──いや、トーゲン村にとって解決することが必要不可欠な課題だ。
水さえあれば。
育てられる作物が増える。
畑を広げて、花人族たちの生活基盤を作れる。
そうなれば、ミーアが頭を悩ませている赤ベリーの誤発注問題も解決だ。
トーゲン村絡みの商取引にともなってミーアから受け取るマージンによって、村の生活に必要でもリィトでは作ることの出来ない様々なアイテムを買い足しているのだ。
ベンリ草で編んだソファも悪くないが、ふかふかのソファに座りたいと思っても、バチは当たらないはずだ。
そして、何より。
(もしかしたら、精霊に会えるかもしれないんだぞ)
魔導師としての好奇心が、リィトを突き動かす。
村の暮らしは平和だが、少しだけ刺激が欲しいと思っていたところだ。
「フラウ、借りるぞ」
「は、はいっ?」
フラウの頭に生えている花冠。
花人族たちが身体の一部に寄生──いや、共生させている植物だ。
個人によって、どんな植物を身に纏って生きているのかは異なるが、喜怒哀楽に応じて花が咲いたり萎れたりするという不思議な性質は共通している。
フラウの髪の毛に、リィトは手をかざす。
「──植物魔導『性質強化』、のびのびと在れ」
リィトの命令に呼応するように、フラウの花冠の葉っぱが輝く。
ちょうど、三枚。
魔力を帯びた黄金色に紅葉した葉っぱが、フラウの髪に揺れる。
冷たい薄青色の光に包まれた神殿のなかで、ひときわ生命力を感じさせている。
「よ、いしょ」
ぷつん、とフラウが髪から葉っぱをもぎとる。
ベンリ草は、リィトの魔力に呼応して手足のように操ることができる『操作性』に特化して創られている。
もしものときには、フラウの花を使わせてほしいと話を通していたのだ。
「うな? なんでありますか、これは」
「まぁ、見ててくれ」
フラウから受け取った葉っぱを手に、リィトは祭壇の下に現れた階段を降りていく。
水で満たされている中に、ざぶざぶと、ためらいなく。
「リィト!?」
全身が水に浸る瞬間に、リィトはフラウから受け取った黄金色の葉っぱを口に押し当てた。
ちょうど、草笛を吹くような姿勢だ。
(……一応、これで理論上は呼吸が出来るはず)
ごぼ、と肺から空気が抜ける。
スキル『探羅万象』により視力が強化されていて、水の中でも視界はクリアだ。葉っぱごしに、大きく呼吸をする。
肺の中に流れ込んでくるはずの冷たい水は──
「ぷはっ!」
数分後。
リィトが祭壇の下の穴から顔を出す。
「だ、大丈夫であるかっ」
「はぁ、はぁ……ああ、大丈夫だ」
ニッと笑って見せると、二人が胸をなで下ろす。
ナビが光を纏って、探索スキルを起動する。
「測定開始。心拍、血中魔力……バイタル、異常なし《オールグリーン》です」
いける。
植物の光合成を利用した、簡易的な酸素ボンベだ。
「……この葉っぱを咥えていれば、水の中でも呼吸ができる」
「にゃ!? そんなことが可能なのであるか!?」
「ああ、名付けて……『草ボンベ』とかどうかな」
リィトは胸を張る。
まだ品種として確立させてはおらず、術者であるリィトの存在が前提だが、これはかなり便利な一品のはずだ。
たとえば、海底に住んでいる牡蠣とか雲丹的な美食を拾えるようになるかもしれない。トーゲン村から海はやや遠いが、いつかは海岸線まで開拓をしていきたいところだ。
「…………」
「…………」
「……え? ど、どうしたんだよ。フラウ、マンマ」
リィトの言葉を聞いてから、黙りこくっている二人。
どうしたのだろう、もしかして水気の多い場所でお腹でも痛くなってしまったのだろうか。女子だし。
自分とは違う身体の造りをしている相手のことは、想像でしか心配できない。気遣いしすぎるということはないだろう。
「
「えっ?」
わかりやすい名前だと思ったのだけれど。
首をひねるリィトだった。
「……くさぼんべ、いい名前ですっ」
フラウがぎゅっと両手を握りしめて言ってくれたが、なんだか気を遣われている気がするリィトだった。
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