第50話 水精霊神殿、復活



 水精霊、神殿、探索。

 すべてがワクワクと心躍るファンタジーワードだ。

 リィトは、マンマとフラウ、そしてナビを連れて東の山へと向かった。

「アデルさま、誘わないでよかった、ですか?」

 ベントーのバスケットを抱えたフラウが、ちょっと申し訳なさそうな顔でリィトに問う。

「一応、声をかけたんだけど……まったく起きる気配がなかった」

 帝国では第六皇女として、名誉職とはいえ騎士団長のひとりとして、気を張って生活しているのだろう。

 おそらく、リィトに言っていないストレスもあるのかもしれない。

 トーゲン村に来たときくらいは、ゆっくりと休息をしてほしかった。

 

 東の山の奥深く。

 ごくわずかな、けれども清らかな水の湧いていた沢──その一角にあった、古代文字と紋章の刻まれた岩。

 この数週間、まったくもって進展のなかった水精霊ウンディーネ神殿の跡地である。

「よっと」

 靴を脱いで、沢に入る。

 汗ばむような夏の空気のなかで、ひんやりとした温度が嬉しい。

 リィトはゆっくりと岩の前に立ち、大きく息を吸い込んだ。

「……ナビ」

励起はい

「スキル『探羅万象』を起動」

了解おまかせを──スキルを起動します」

 ナビが神々しい光を纏う。

「……これは」

 ナビが驚いたように目を見開く。

報告あの探索サーチ能力の行動を確認──」

「マジか……っ!」

 ナビのランクアップ。

 まさかの事態であり、願ってもない状況だ。

 この世界ではスキルを所持していたとしても、ナビのような存在がいなければ意識的に使うことは難しい。

 そういう意味では、もとよりナビの存在はリィトだけの特別な技能だった。

 植物魔導という強力な武器はあれど、リィトがロマンシア帝国の対魔百年戦争に終止符を打てたのは、ナビの存在が大きい。

 周辺の地形のスキャンや、簡単な索敵、そして異世界にまつわる知識のデータベース化がナビの主な能力だった。

 探索サーチ能力の向上により、今までよりも精度の高いスキャンが可能になりそうだ。

 目を閉じ、魔力が循環するのを感じながらナビの声を待つ。

「スキル起動、『探羅万象』──……」

 リィトはゆっくりと目を開く。

 水精霊の神殿であることを記した古代文字と紋章の中心。

 そこが、薄らと光っている。

「ここ、か?」

 リィトは、その光っている部分に手を触れる。

「マンマ」

「にゃ?」

「呪文、教えてくれ」

 マンマが慌てて手帳を取り出す。

 不慣れな様子で呪文を読み上げるマンマの声に重ねるように、リィトは呪文を詠唱する。

 一節ごとに、一音ごとに。

 魔力が呼応していくのを感じる。

 マンマの調べてくれた呪文が間違っていたわけではなかった。

 水精霊神殿の封印を解除するためには、資格が必要だったのだ。

「──称号【世界樹の祝福者】により、特殊結界の解除を確認……マスター、待避を」

「えっ」

 その瞬間。

 地鳴りともに、沢の底が割れていく。

「うわっ!」

「リィトさまっ!」

「フラウ、来るな!」

 ポケットから取り出したベンリ草の種を、地面に蒔く。

 地割れから水が噴出し、せり上がってきたのは──巨大な門だった。

 門に吸い込まれていく大量の水に、リィトが呑み込まれかけるが──ベンリ草で作ったロープがどうにかリィトを地面につなぎ止めてくれた。

「……ふぅ」

「す、すごいであります……これは……っ!」

 先程までは、岩と泥しかなかった場所に壮麗な門が出現していた。

 美しい彫刻が施された柱や精悍な顔つきの女性が彫られたレリーフは、どこからどうみても──

水精霊ウンディーネ神殿!」

 どきどきと胸が高鳴る。

 モンスター討伐のためではなく、冒険と発展のための探索だ。

 気持ちがはやるなんて、いつぶりだろう。

 目の前で起きたことに圧倒されて、目を丸くして口をぱくぱくしているフラウを安心させるようにリィトは微笑みかける。

「よし、行こうか」

「は、はいっ」

 こくん、とフラウは頷いた。

 リィトの予想では、水精霊ウンディーネ神殿を攻略するにはフラウの協力が必要だ。

 この土地から出たことがなかったフラウの初めての冒険が、ずっと彼女が暮らしていた東の山からはじまる。

 少しだけ誇らしい気分で、リィトはフラウの手を引いた。

 花人族の病気を癒やし、トーゲン村を開拓してきたのは、自分のためだけではなかったような気がする。

 神殿へ向かうリィトたちの背後で、マンマはわなわなと震えていた。

「す、すきる……? しょうごう……?」

 なんなんだ、それは。

 ギルド自治区一の情報ギルド所属の自分が聞いたことも見たこともない力を振るっていた──ただ者ではないと思っていたリィト・リカルトだが、いよいよもって、とんでもない人物だ。

 宇宙を漂う猫人族フェイスになっていたマンマは喉を鳴らした。

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