第49話 称号『世界樹の祝福者』
◆
「違うんだ、誤解だよ!」
その夜。
リィトの家に、空しい叫び声が響いた。
植物魔導の最高峰、術者の魔力により自由自在に生長と枯渇を操ることができるベンリ草で作られた小屋だ。
ソファに座るリィトの膝には、謎の少女がしがみついている。
マンマとそして、リィトの相棒であるはずのナビまでも、ちょっと冷たい視線でリィトを見つめている。
違うんだ、本当に、誤解なんだ。
万感の思いを込めて、リィトは声を張る。
「この子とは、夢で会っただけで!」
「ゆ、夢……そこまで会いたかった隠し子ということであるにゃ?」
「だから、違うって!」
「
「違うんだよ!」
リィトが焦れば焦るほど、少女はリィトの服の裾をぎゅっと握りしめる。
なんだか眠そうで、時折こっくりと銀髪が揺れている。
(やばい、この誤解がアデリア殿下に知られたら……っ!)
リィトの脳裏に、麗しき筋肉皇女の笑顔が浮かぶ。
生真面目でまっすぐな(つまりは、思い込みの激しい)アデルに知られれば、リィトの肉体はただでは済まないだろう。
侵略の魔導師としてのリィトに心酔し、殿下という敬称で呼ばれることすら嫌がるアデリアである。
そもそも、追放されたリィトを追いかけ、はるばる南大陸の僻地までやってくるほどなのだ。
そしてアデリアには、若干、道徳面では潔癖なところがあるのも知っている。
まずい、非常にまずい。
(いや、落ち着け……。アデリア殿下は政務のために帝国に帰っているはずだ。早くに誤解を解けば──)
深呼吸、深呼吸。
「お久しゅうございます、リィト様っ!」
「ぶふっ!」
その時。
小屋のドアが勢いよく開かれる。
そこには一分の隙もなく、帝国騎士団の軍服を着込んだ麗しの姫君──アデリア・ル・ロマンシアが立っていた。
「……マスター、心拍の乱れが」
「わ、わかってるよ」
心臓がばくばくと脈打っている。
リィトをじっと見つめるアデリアは、笑顔のままで固まっている。
「リィト様?」
「は、はい」
「なんと……恵まれない子どもを保護したいらっしゃるとは!」
「……へ?」
アデルはキラキラと瞳を輝かせていた。
「さすがはリィト様です。幼子が安心しきった表情で眠っています……対魔戦争の当時にも、多くの民をお救いになられた──」
「お、おう」
「ああ、やはりリィト様はロマンシア帝国に必要なお人です……なんという崇高なお心でしょう、このアデリア、感銘を受けております!」
「は、ははは」
ありがたい勘違いをしてくれているアデリアに、誰も何も言ってくれるなと願いながらリィトは冷や汗を拭ったのだった。
謎の少女が目覚めたのは、翌朝のこと。
まだ日の昇る前に、リィトは膝の上の体温がもぞもぞと動くのを感じた。
ぐっすりと眠っている少女が起き出したのだ。
小屋には東の山から顔を出した朝日が差し込んでいる。
「……おはよう」
「おとうさま」
リィトを見上げて、にこりと微笑む少女。
朝日の中でその顔を見ると、やはりとんでもない美少女だ。将来は神々しいまでの美貌になるだろう。
周囲を見回す。
どうやら、みんな寝静まっているようだ。
ソファで眠ってしまったため、身体がバキバキに凝っている。
「その『おとうさま』ってなんなんだい? というか、君は──」
窓の外に、世界樹の若木が早朝の風に揺れている。
やはり、彼女は──
「世界樹の精霊、なの?」
「……ん」
少女は答えない。
茫洋とした表情を見つめるリィトは、あの夢で見たことを思い出す。
──おおきくなったら、なまえをくれる?
ほんの少しだけ寂しそうに微笑んでいた少女の声を思い出す。
少女と若木を見比べる。
世界樹──前世でいうところのトネリコの木によく似た若木を眺めて、リィトは口を開いた。
「リコ」
「……っ」
「名前、リコでどう?」
トネリコからとって、リコ。
安直な名前かもしれない。
可愛らしい響きで、彼女にあっているように思えた。
「りこ……リコ!」
何度も名前を繰り返した少女──リコは、初めて微笑んだ。
「リコ……ぼくの名は、リコ」
突然、リコの言葉に芯が通る。知性が宿る。
「おとうさま、ありがとう」
にこり、と微笑んで。
リコが手を伸ばし、リィトの額に触れる。
──そのときだった。
ぱぁ、と。
朝日よりも眩しい、清らかな光がリィトを包む。
「……?」
瞬間、リィトのなかで休眠していた
「
「ナビ!」
「
ナビの目の色が、金色に変化する。
「これは──
──称号【世界樹の祝福者】を獲得しました。
新規スキル『探羅万象』を獲得しました。
ステータス上昇確認、以上です」
ナビの言葉に、リィトはひっくり返りそうになる。
新たな称号に、新スキル。
「そんなの、十年ぶりだぞ!?」
「はい、以前に獲得した称号は【植物魔導師】です」
「うわぁ……マジか」
異世界ハルモニア。ここでは基本的には、あまり称号やらスキルやらが表沙汰にはなっていない。ナビがいなければ、それこそ特殊な聖域などで測定するしかないものなのだ。
というか。
その希少なスキルや称号を、指先ひとつで与えられるリコである。
やはり、彼女は……そして、あの若木は……。
「……おとうさまに、ぼくのご加護がありますように」
鈴の転がるような声とともに、リコの姿が朝日の中に溶けるように消えた。
「え、リコ!?」
「……魔力反応消失。マスターがリコと名付けた少女は、やはり高位魔力生命体であることは間違いありませんが、検出が上手くいきませんでした。非常に不安定かつ高出力であることが推測されます」
「……情報過多だな、これは」
リィトは思わず溜息をつく。
けれど。
「……さて、行こうか」
「はい?」
「
「
「状況が変わっただろ」
「……なるほど」
リィトには、ひとつの予感があった。
何かに導かれるように、パズルのピースがはまるように、物事が動き始める時がある──今が、それだ。
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