第39話 自由研究『謎の種子X』2-2
◆
いよいよだ。
朝日がほのぼの昇る中、リィトは期待と不安に胸を高鳴らせていた。
「思ったより早く育ったなぁ」
謎の種子Xは、謎の芽Xに──そして、謎の苗Xに成長を遂げていた。
なんでも上手くいってばかりでは、つまらない。
そうは言っても、めちゃくちゃ珍しい、たったひとつしかない光る種子──その育成は失敗できない。
どんなまだ見ぬ植物が育つのか、はたまた枯らしてしまうのか。
植物魔導は便利だけれど、万能ではない。
枯れた植物の蘇生は、土地や水などの力をかなり必要とする。トーゲン村の今の土壌では難しいだろう。
「マスター、緊張していますか」
「うん、ちょっとね」
「とてもきれいな苗です。きっと、元気に育つとフラウはおもいます!」
「ありがとう、フラウ」
季節は春から夏へと移り変わりつつある。
何年もかかる畑仕事を植物魔導で軌道に乗せて、商売も順調──だからこそ、この植え付けはドキドキする。
未知の植物は植え付け時期を決めるのだって、手探りだ。
色々と考えて、葉の特徴や、育ち具合から判断した。
発芽からかなり生長が早かったことから、一般的な樹木ではなく魔力を糧にして育つことができる『魔樹』の類いだろう。
魔樹であれば、なにかあったときにもリィトの魔力を分け与えることで持ちこたえられる可能性が高い。
その目算も、この春に植え付けをするという決断に繋がった。
ざくざくと深く大きく土を耕していく。
ベンリ草で作った地下水汲み上げ式の水道の近くに場所を決めた。
少し離れたところにある岩のおかげで、まだ幼い苗が一日中日差しに晒されることがない。
それに大きく樹木が育てば、リィトの小屋をその木陰にいれてくれるだろう。
トーゲン村のほぼ中心地。
どこからでも、遠くからでも。その樹影を見ることができるだろう。
いつかやってくる、そんな光景を想像して、リィトは大きく深呼吸をした。
「よし、やろうか!」
作業は順調。
太陽が昇りきるかきらないかのうちに、謎の苗Xはトーゲン村の大地に植えられた。
「よし、と」
畑のほうも順調だ。
ベリー類の収穫に花人族たちが手慣れてきたおかげで、リィトの監督が必要なこともない。
これから暑くなる季節に向けて、リィトがやってみたい作付けはほとんど終わっている。
北大陸とは気候も季節の巡りも違うゆえに、今年はベリー類と芋や、ブドウやリンゴなどのフルーツに注力するつもりだ。
いつかは麦、そして前世は元気な現代日本人だったリィトにとって、懐かしく恋しい愛しの米にもチャレンジしたい。
だが、お楽しみは先々にとっておこう。
「今日の夕方にミーアたちが来る予定だから、出荷の準備を──」
「フラウたちが準備バッチリにしました!」
「なんと。さすがだね」
「うふふ、アリガトー」
「うん、ありがとう」
アデルのおかげで、薪を拾いに東の山に行く必要もなくなった。
手持ち無沙汰で村にいると、ずっと苗の心配をしていることになりそうだ。それは少々、つまらない気がする。
「……よし、じゃあ午後は散歩に行こうか」
「おさんぽ!」
「うん、例の場所ってところに案内してくれないかな」
「え、でも……アデルさんが……」
「ああ、そのことだけど」
リィトはトーゲン村とギルド自治区を繋ぐ道へと目をこらす。
そろそろのはずだ。
北に開けた地平線、その向こうに煌びやかな走竜車が土煙を上げて走ってくる。鞍上にいるのは、麗しい女騎士。
「リィト様ァ~~~~ッ!」
「アデルさん!」
「今から向かう、って伝書ふくろうを飛ばしてきたんだよ」
伝書ふくろうは、人間の魔力を探知して手紙を運ぶ使い魔だ。とても貴重な存在なので、帝国では上級貴族と皇族しか使うことが許されていない。
ギルド自治区での普及状況は知らないけれど、郵便ギルドが大きな勢力をもっているようだから、少なくとも一般に伝書ふくろうが普及していることはないのだろう。
「リィト様、アデリア・ル・ロマンシアが参りましたっ!」
「やあ、昨日の晩にふくろうが着いたから、もう少し時間がかかるかと」
「徹夜で走竜車を走らせてまいりました!」
帝都からトーゲン村は、特急走竜車を使っても一週間はかかりそうなもの。
手紙の署名の日時から考えると、本当に不眠不休でやってきたらしい。
「こちらが、世界樹についての資料です」
「こんなに……」
アデルから手渡された資料は、リィトが両手で持たないと取り落としそうな紙の束だった。アデルは片手で軽々と持ち上げていたが、両手で抱えてもなおずっしりと持ち重りがする。
本当にこの皇女様は、力持ちだ。
リィトはしみじみと感心した。
「ありがとう、今夜にでもゆっくり目を通すよ」
「おや、お忙しいのですか?」
「ああ、この間アデルが見つけたっていう沢に行こうかと思ったんだけど、少し休んで明日にするかい?」
さすがに、不眠不休でやってきた姫君に無理をさせることはできない。
「まさか、すぐに参りましょう」
「えー、大丈夫なのか?」
「フラウも心配ですっ! いっぱい寝ないと、枯れちゃいますよ」
フラウが心底心配そうにしている。
花人族たちは、基本的には植物と同じようなライフサイクルらしい。日が昇ると起き出して、日没と同時に眠る。それを怠ると、頭から生えている花が萎れて枯れてしまう。
アデルは目がギンギンに据わっている。
フィジカルエリート特有の、徹夜ハイだ。
「問題ないわ、行きましょう」
つまり、問題大ありということだ。
こういう無理がたたると、過労死する。
「……こほん、アデル?」
「はい、リィト様!」
「これ、プレゼント」
「え、はい? は、花束ですか!?」
リィトは腰に下げたポシェットから、いくつか花の種子を取り出して成長させる。美しく咲いた花を、ベンリ草の蔓で束ねてブーケにする。
受け取ったアデルは、その花の匂いを嗅いだ瞬間に。
「……くぅ」
がくん、と眠りに落ちてしまった。
「アデルさん!?」
「フラウ、心配ないよ。ベンリ草に、催眠作用のある花をつけさせたんだ。花束に紛れているから気付かなかったみたい」
「そうなのですか……」
「かなり疲れている人じゃないと反応しないくらいに、弱い成分だったんだけどね」
リィトが肩をすくめる。
見た目よりもずっしりと重いアデルをおぶって、客間にしている小屋へと連れて行く。
寝室から先のことは、ナビに任せることにした。
「
「そうか。ありがとう、ナビ」
「リィト様が疲労回復効果のみこめる成分を花束に混ぜていらっしゃるので、体調は心配ないはずです」
「なによりだよ。アデルは無理しがちだから」
アデルは昔から、猪突猛進の努力家だ。
彼女にとっては、のんびり暮らしたいリィトの望みはわからないのかもしれない。
ぐっすり眠り続けたアデルは、翌朝の昼過ぎに起きてきた。
眠り込んでしまったことを本人はとても恥ずかしがっていたが、花人族たちはアデルを心から歓迎していた。
リィトとしても、アデルのまとめてくれた資料に目を通すことができたので助かる。ほとんどは、マンマが仕入れてきた情報と同じようなことが書いてあったけれど、やはり帝国にしか伝わっていない情報があった。
軽い昼食を終えて、リィトは出かける支度をした。
「アデル、沢まで案内してくれる?」
「は、はい! もちろんです」
「フラウもいっしょにいきます!」
夕方に到着する予定の猫人族ズが来る前に、沢を見に行くことにしたのだ。
トーゲン村にやってきて、何ヶ月か経った。
今までほとんど、雨らしい雨が降っていないことが、いい加減気になってきた。
多少の小雨は降っても、畑はちっとも潤わなかった。
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