第38話 自由研究『謎の種子X』2-1 筋肉皇女は調べている。

「おい、聞いたか?」

 帝都、ロマンシア城の騎士団詰所では冷えた茹で芋を頬張りながら、兵士たちが噂話に明け暮れている。

「筋肉皇女殿が、なんでもギルド自治区に乗り込んだらしい」

「あんな南大陸のド田舎に?」

「騎士の真似事が好きな野生児姫にはお似合いなんだろうが」

「こないだの戦が終わってから、発散できなくてイライラしてるのかねぇ」

「第十五騎士団をつれて、わざわざ元大迷宮の跡地を巡回してたんだろう? ご苦労なことだな。やっとモンスターとの戦いが落ち着いたんだから、城で大人しくしていればいいのに」

「ドレス姿は本当にお美しい方だからなぁ」

「なんだよ、惚れてるのか?」

「皇女殿下が貴族や将校以外と結婚なんてありえんからなぁ?」

 女は男の背後を守れ、という価値観の強い帝国ではアデルの評判はよろしくない。

 特に、騎士のなかには皇女とはいえ、女性を名誉団長にするなど──という反発は根強いのだ。

「……もしかして、リカルトの件じゃないか」

 リカルト、という名前に騎士の何人かが険しい顔になる。

「あのヒラのくせにやたら目立ってた宮廷魔導師の?」

「おい、言葉を慎め!」

「え……? な、なんだよ、宮廷魔導師の肩を持つのか」

「あ、いや……すまん、リカルトさんは思ってるより悪い奴じゃないっていうか」

 騎士団の古株の中には、リィトがあの『英雄』であると気がついている者もいる。本人やアデルからキツく口止めされているけれど。

「しかし、そこまで惚れてるとはなぁ……」

「第六皇女殿下が駆け落ちするほうに賭ける奴~?」

「はーい!」

「やめろ、さすがに失礼だろ」

 危険なモンスターが際限なく地上に湧き出てくる日々から解放された騎士団は、ずいぶんと暇なもの。


 一方、皇帝の側近たち。

 枢密院と呼ばれる皇帝補佐機関の人間たちも、おおむね同意見だった。

「宮廷魔導師団の暴走でリィト・リカルトが去ってから、しばらくたちましたが──」

「とりたてて不穏な気配もございませんな」

「もとより、目立つことを嫌がる妙な男でありましたゆえ。欲のない、不気味な男よ──」

「うむ、たしかに金や名誉で動く人間は御しやすいが」

 枢密院の重鎮たちにとっては、リィトは危険な異分子だった。

「英雄というのは、平時には危険な存在になりえますからな」

 だからこそ、本人が望んでヒラ魔導師として宮廷に仕え、ヒラ魔導師として同僚達から職場を追われたのであれば、彼らにとっては願ってもいないことだったのだ。

「きゃつの研究はどれも植物魔導に関するもので……まぁ、保存の価値はあれど、欲しがる者も少なそうな代物だとか」

「ならば……このまま、お望み通り平凡に生きてくれればよい」

「跳ねっ返りの第六皇女殿下も、リカルトを見習ってしおらしくしてくれればよいのですが」

 とにかく、現時点ではリィト・リカルトの不在については、ロマンシア帝国では些細なこととして扱われていたのだった。



 そして。

 アデリア・ル・ロマンシアは浮かれていた。

「リィト様が、わたくしに頼み事なんて……」

 ロマンシア城にある、国立帝都図書室。

 普段のアデルであれば近寄らない場所で、そわそわと目録に目を通していた。

 尊敬するリィトからのお願い事に、力が入る。

 ギルド自治区で手に入る情報と、帝国で手に入る情報は異なっている。

 だから、アデルにしか頼めない──と。

「──世界樹伝説」

 ロマンシア帝国を始め、世界各地に残された、世界樹伝説。

 それについて、帝都図書館で調べてほしい。

 そうして、わかったことがあればトーゲン村に来てほしい。

「まずは、この棚からね」

 あまり好きではない、可憐なアデルの姿に似合うドレスを翻(ひるがえ)して、本棚の間を踊るように走った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る