第36話 皇女様は疲れている。2
◆
トーゲン村は快晴。
バーベキューパーティーに向けてみんながせっせと働いている。
猫人族二人はすでにマタタビ酒でご機嫌になって、花人族たちが作業の合間にエノコロ草で二人をじゃらして遊ぶのにうってつけの状況。
リィトがアデルをつれて畑に行くと、ナビがいくつかのモニターを空中に表示させた。
近未来的なビジュアルだが、この世界風に言えば人工精霊(タルパ)による精霊術だ。
「ナビは相変わらず有能ね」
「当然。マスター、バーベキューに必要な薪の量は提示の通り、それから本日中にこなすべき畑仕事はこちらです。本日はチキンがメインディッシュです……ややマンネリですが」
「ありがとう、ナビ。どうかな、アデル……畑仕事と薪拾いどっちを手伝ってくれる?」
「えっ、あの、わたくしが……手伝うのです?」
「うん、よかったら」
この場所でのんびりと農作業をすることで、少しはアデルがリィトの意図を汲んでくれるかもしれない。
そうでなくとも、帝国のめまぐるしい権力争いのなかで暮らす彼女にとっては、トーゲン村のあまり豊かとはいえない土をいじる時間が必要かもしれない。
「あの、アデルさん」
「フラウさん」
「えと。フラウといっしょに、薪ひろい、行くましょう!」
「薪拾い、ですか」
「はい、えっと、東の山、この間、大きなトラさん、でました。騎士さんが一緒に行くですと、フラウたち、安心です!」
花人族たちは、マタタビ酒で猛虎型モンスターを眠らせることができる。けれど、誰かがモンスターを引きつけておくことで、より安全になる。
「……行きましょう、よ」
「え?」
「行くましょう、ではなく、行きましょう……よ。フラウさん」
「あ、えっと、」
「さ、行きましょう。ロマンシア帝国第十五騎士団名誉団長として、薪拾いを引き受けます」
ナイスだ、フラウ。リィトとナビは顔を見合わせた。
アデルは、騎士として頼まれたことは断らないし、断れない。
「さぁ、どちらまで薪拾いに行くのです?」
「はいっ、こっちです! 行きましょう!」
手を繋いで駆けていく二人の背中を見送った。
リィトのほうで畑仕事を手伝えば、すぐにバーベキューを始められるだろう。
──小一時間後。
「ただいま帰りました」
「お帰り、こっちの食材の準備はバッチリ……って、えぇ!?」
リィトはまさかの光景に驚愕した。
乾ききった倒木を、まるまる一本。アデルが担いで帰ってきたのだ。
しかも、けっこうな巨木である。
「な、なにそれ!」
「なにって……我々が薪拾い中に倒れてきた木です。立ち枯れしていたみたいですわね」
「アデルさんが、フラウたちを助けてくれました!」
フラウが熱っぽく喋っている。
すっかり、フラウはアデルのファンになってしまったらしい。
たしかに、アデルの異常ともとれる腕力は、目の前で見せつけられると惚れ惚れしてしまう。
倒れてきた大木を、可憐な姫君がその腕ひとつで受け止める──身体強化の魔導かと思うけれど、そうではない。鍛え上げてきた彼女の肉体が可能にする芸当である。
それを、筋肉皇女だのと馬鹿にする連中は、わかっていない。
──これほどまでの力を手に入れるのに、彼女がしてきた研鑽の量を。
「……トーゲン村の住民を守ってくれて、ありがとう。アデル」
「い、いえ! 騎士として当然のことをしたまでです」
耳を赤くして照れるアデルが、もごもごと続ける。
「薪割りの手間はありますが、村にこうした資源があったほうがいいのではと」
「そ、それにしても多くない?」
「リィト様がいらっしゃってから、薪はいくらあっても足りないくらいだ、とフラウさんがおっしゃっていましたので」
「……まぁ、そうだね」
リィトは、アデルがどすんと地面に置いた枯れ木を分析する。
幹はともかく、枝は完全に乾ききっている。薪割り用の斧では落とすのが難しそうな太い枝だけれど、ミーアからのこぎりを買い付ければ切り落とせそうだ。
「……フンッ!」
「あっ」
ベキョ、という軽い音とともにアデルは太い枝をへし折った。
アデルは手慰みに、大男の胴くらいある枝を弄ぶ。
「しかし、なんですね……リィト様」
メキッ!
「無心で薪を拾う時間、今までにない経験でした」
バキッ、
「農作業をする花人族のみなさんのことも、遠目で拝見しまして、」
メキョッ、
「その……わたくしも、お手伝いをさせていただけないかと、」
べキベキッ!
「……そう思うのですが、いかがでしょう」
「う、うん。いいと思うよ」
「本当ですか! ありがとうございます、リィト様!」
メキメキメキィ!
太い枝はいい感じの薪になっていた。
「……。あの、アデル」
「はいっ!」
「薪割り、どうもありがとうね」
「え? いえ、その……ダメでした?」
「いや、とても助かったよ。素手でいくとは相変わらずだね」
「はいっ! 戦後も研鑽は欠かしていません!」
輝く笑顔のアデル。
彼女の圧倒的なパワーを揶揄することなく認めていたのは、リィトだけだった。それでも、鍛えるのをやめないアデルのことを、リィトは密かに尊敬している。
少々、人の話を聞かないのが玉に瑕(きず)だけれど。
「しかし、この木があるのは助かるね」
たしかに、この木を切り崩すだけでもしばらくは危険を冒して東の山に薪拾いに行かなくてもよさそうだ。
◆
夕焼け空に藍色が混じり、一番星が光る頃にやっと始まったバーベキューは、普段よりは穏やかに盛り上がった。
塩焼きのチキンは皮目が香ばしく、芋と一緒に食べると脂が甘くとろける。
リーズナブルな肉だけれど、チキンにしかない味わいがある。
「ん~~みゃい!」
「ニャ!」
猫人族コンビは完全にご機嫌で、この芋の食べ方をトーゲン村特産のほくほく芋と一緒に売り出そうと楽しい計画を立てている。
いいぞ、とリィトは思った。
ギルド自治区に、リィト好みのグルメが流行すれば、リィトの目指す「美味しいごはん」をいつでも食べられるようになる。
乏しい調理スキルを伸ばすよりも、外食が充実するように立ち回るのが得策なような気がしているリィトである。
「しかし、この木はよく燃えるなぁ」
「同意です、マスター。よき資源になると分析します」
ナビが頷いた。人工精霊(タルパ)は食事は必要としないけれど、こうして焚き火を囲むのを気に入っているらしい。
特に、アデルが見つけてきてくれた木材は、かなり燃焼効率がいい。
花人族はもともと火をあまり使わないが、リィトはそうはいかない。火魔導を使えないリィトは、炊事洗濯入浴、すべてに薪が必要だ。
この大きさの木は、花人族だけでは運べないし。
(ふむ、東の山の整備っていう意味でも、立ち枯れした木を取り除くのは悪くないなぁ……)
改めて、アデルに向き直る。
「よかったら、こういう木を集めるの手伝ってくれないかな」
「えっ」
「まだまだ先だけど、冬になってから薪が尽きるのは死活問題だからね」
本当であれば、リィトは薪くらいならいくらでもベンリ草で生成できる。もちろん魔力も種子も消費する、効率はよくないやりかたではあるが。
ただ、それを差し置いても、アデルにお願いしたかった。
「帝都にすぐに戻らなくちゃいけないなら、話は別だけど」
「いえ、そういうわけでは──」
アデルの表情が少し曇る。
帝都に帰った彼女を待っているものは、望んでいない婚約話と、騎士団の仲間からの揶揄、親族や貴族たちからの嘲笑だ。帝国に必要なのは、第六皇女という立場の女であって、アデル本人ではない。
戻らなくても問題ない、という状況が切ない。
戻らないほうが気が楽だと思っている、自分の心も。
「わたくしでよければ……」
「そうか、それは──」
「「「アリガトー!!」」」
「わっ!?」
花人族の「アリガトー」に、アデルが飛び上がる。
まっすぐな感謝の言葉。
リィトが帝都で得ることがなかったもの。
もちろん、アデルも。
「……っ!」
「いいもんだろ、こういう暮らし」
「……。そう、ですね」
ゆっくりと、時間が流れる。
自分の働きが、誰かの糧になる。
それを、誰かに感謝される。
対魔戦争では勝利を収めて当たり前、敗北など許されないという状況で戦ってきたリィトたちにとっては得がたい幸せだ。
「あっ、でも! リィト様に帝都へお戻りいただくこと、諦めてはいませんからね!」
「はいはい」
ふっ、とリィトは思わず笑ってしまう。
どこまでいっても、アデルはアデルみたいだ。
「じゃあ、そろそろ寝ようか」
フラウはすでにウトウトと睡魔と戦っている。花人族たちは、日没と同時に一気に眠くなってしまう傾向にあるようで、バーベキューの序盤からしっぽりモードになっていた。
膝で酔い潰れている猫人族たちをそっとどかして、リィトは伸びをする。
「えぇっと、アデルの寝る場所は……っと」
「り、り、リィト様と同じ場所でかまいません!」
「そうもいかないよ──すくすくと育て」
『生長促進』で、ベンリ草の家を編み上げる。
アデルが寝泊まりするための客用コテージだ。
「じゃ、おやすみなさい。アデル」
「あ、はぁ……はい、おやすみなさい、リィト様」
少しガッカリした顔のアデルに、ひらひらと手を振る。
ふと、リィトはあることを思い出す。
しまったな、と反省した。
自分がもらって嬉しかったものを、アデルに返していないじゃないか。
「ありがとう」
「……え?」
コテージに入ろうとしていたアデルが振り返る。
「目立たず好きなように暮らすから、帝都には帰れないけど……僕を迎えに来てくれて、ありがとう」
「り、リィト様……っ」
「いや、抱きつかないで! アデルやめろ、本気で抱きつかれたら骨が粉砕されちゃうっ!」
「はっ!? も、申し訳ございません……はしたない真似を!」
焚き火に照らされていた名残なのか、アデルの乳白色の肌がぽっと赤らんだ。
リィトの小屋に来たがるアデルを客用コテージに押し入れ、リィトはやっと自分の小屋に帰っていく。
「さて、僕も寝るか」
焼きすぎたチキンが余っているようだ。
明日も同じ味のものを食べるのは、少し味気ない気がするけれど、帝国の塩辛い加工肉よりはマシだ。
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