第35話 皇女様は疲れている。1


 というわけで、歓迎のバーベキューとなった。

 猪突猛進、リィトを連れ戻しに来たアデルを歓迎というのも変な話だが、トーゲン村の村人である花人族たちがすっかりその気になってしまっているのだ。さすがは、パリピ気質。

 ちょうどミーアが仕入れてきてくれたチキンを食べるつもりだったのでちょうどいい。

 ベンリ草でグルグル巻きにされたアデルを解放し、ハーブティでもてなしながら仕込みをしていく。

 花人族の半分が急いで今日の農作業をして、残り半分がバーベキューの準備をしていく。おかげで、リィトは落ち着いてアデルと話すことができた。

 今までの経緯を説明すると、アデルは不満そうに眉をひそめて聞いていた。

「それにしても、よくここがわかったね」

 リィトの言葉に、アデルは胸を張る。

「ギルド自治区ガルトランドは帝都と違い、雑多で統一感のない街でしたから少々苦労しました。ですが、情報ギルドでリィト様のことを訊ねてみたところ、あちらの猫人族が教えてくれたのです」

「えっ」

 あちらの、というアデルの指はどう見てもマンマに向いている。

「……マンマ、あれほどこの場所と僕のことはナイショだって!」

「ふにゃ、誤解なのですにゃ~……その帝国人さんが、『答えるまでは離しません!』ってわがはいをいじめたのである……」

「……アデル」

「いじめなんて、誤解です。わたくしはただ、リィト様のことを伺おうと!」

「……はいはい」

「リィト様!? なんですか、その冷淡な態度は!」

「いや、久しぶりに会って思い出したけど……アデルはこう、真っ直ぐすぎるときがあるよね」

「ありがとうございます、強く正しく逞しく! それがロマンシア皇帝家の掟ですので!」

「相変わらず、どこまでもストロング!」

 さすがは、百年にわたるモンスターとの攻防を繰り広げてきた皇帝家である。リィトの知る限り、皇女であるアデルが、もっともその家訓を体現しているような気がするが。

「リィト様! どうぞ帝国へお戻りください。リィト様の才能を失うなど、帝国歴百年を失うに等しい損害です!」

「買いかぶりすぎさ。他の人はそう思わないから、僕を追い出したんだろ」

「宮廷魔導師どもが無能なのです!」

「皇帝陛下も、特に引き留めはしなかったけれど」

「……それは、その……たぶん、わたくしのせいかと」

 アデルが珍しく、歯切れの悪い尻すぼみになった。

「え?」

「な、なんでもありません!」

「あ、そう……?」

 アデルは俯いて、大きく深呼吸をした。

 アデルに持ち上がっている婚約話とリィトへの理不尽な仕打ちが見逃されたことは、おそらく無関係ではない。

 魔導師リィトのことを、アデリア第六皇女が慕っているのは誰から見ても明らかで。

 もし、リィト本人が「英雄でーす!」というのを胸を張って言いふらすタイプであれば、継承権の低い皇女に箔が付き、皇帝家の威光を高めることになると、アデルの淡い気持ちは喜ばれたかもしれない。

 いかんせん、リィトは無欲だった。

 なるべく目立たず、普通に過ごしたい──植物魔導の研究ができれば、幸せ──そんな性質の魔導師と皇女は釣り合わないのだ。

 娘に婚約者を選ばせようという段になれば、その邪魔になる者は遠ざけようとするだろう。

 かつて戦乱の中では英雄だった者が、大人しく──不気味なまでに大人しく宮廷魔導師をしている状況も、事情を知る者には獅子身中の虫っぽさを感じさせていたのかもしれない。

「とにかく、リィト様が、その、リィト様を……」

「うん?」

「り」

「り?」

「うわーーん、リィト様リィト様リィト様ァッ!」

「ぶふ、ぐええぇっ」

 感情のコントロールができなくなったアデルにとんでもない力で首根っこを掴まれて揺さぶられ、リィトは死を覚悟した。対魔戦争においてもそうそうなかった、命の危機であった。

「だって、わたくしになにもおっしゃらずに行方を眩ませたリィト様がいけないのですっ!」

「わ、わがっ、だ、ぐるじ……」

 もう一度ベンリ草を使うしかないか、とリィトが薄れゆく意識の中で思った瞬間。

「あの……」

 可憐な、たどたどしい声がした。

「あなたが、リィトさ……んのお友達ですか?」

「む? あなたは」

「フラウは、フラウです」

「そう。わたくしはアデリア。帝国第十五騎士団の名誉団長よ」

 こういうときに、アデルは皇女とは名乗らない。

 彼女にとってのアイデンティティは、騎士団の一員であることだから。

「わっ、騎士様なのですね! リィトさんを、リィトさまって呼ぶお友達……前に、リィトさんから聞きました」

「なっ、り、リィト様がわたくしのことを!?」

「話の流れでね……助かったよ、フラウ。ありがとう」

 フラウが話し掛けてくれたおかげで、首を絞めるアデルの腕が外れた。

 危ないところだった、とリィトは胸をなで下ろす。

「アデルさん、バーベキューの支度、ちょっと時間がかかりそうです。お腹は空いていませんか? いま、たくさん薪を集めているんですが」

 申し訳なさそうに肩を落とすフラウ。

 そうか、月に一度の薪割りの日は明後日だ。

 ちょうど、薪が足りなくなる頃だった。大規模にバーベキューをするのに、薪が足りなかったのか。

 人手があまりないのもあって、突発的なことが起きるとバタバタしてしまうトーゲン村だった。

「問題ないわ、フラウ。携行食をいただいたばかりだから。それに、言っては悪いけれど、わたくしの口は肥えていますわよ? 帝都の食事より、そのバーベキューとやらは美味しいのかしら?」

「……ま、それは見てなよ。アデル」

 塩辛い加工肉と、味気ない芋が主食の帝国とはわけの違う、新鮮で絶妙な塩気の美味しい料理を味合わせてあげよう──とリィトは思った。

「リィト様、とにかく帝都に帰ってください。この土地は誰か領事を派遣して治めさせればよいではありませんか。自治区内とはいえ、リィト様が買い上げた土地なのでしょう?」

「そうだけど、それじゃ意味ないんだよ」

「はい……?」

「モンスターたちは討伐が進んでいるし、モンスターの発生源だった大迷宮も封印できた。僕はもう帝国にいる必要はないだろ」

「ですが、こんな田舎にいる意味などないのでは」

「意味がないからいいんだよ」

「……さきほどから、おかしな問答を」

 ぷぅ、と頬を膨らませるアデル。

 帝都では決して見せない、幼さの残る仕草だ。

 リィトの前だからこそ、ほろりと綻び出た素の姿。

「……いつも、なにか意味の

あることをしないといけないわけじゃないですよ。アデリア殿下」

「…………リィト様」

 アデルはリィトを上目遣いで睨む。

 深い諦めと疲労が滲んだような、まるで老婆のような声。

 ギルド自治区にやってきてからは、生き生きと働く人々ばかりとつるんでいたリィトが、すっかり忘れていた皇女殿下の秘密の顔。

「意味のあることをし続けないと、皇女は騎士ではいられないわ」

「……ほら、行こう。アデル」

「行くって……どこへ行くんですの?」

「畑と山」


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