第34話 筋肉皇女、襲来2
◆
豪華な走竜車。
ロマンシア皇帝家の紋章付き。
しかし、その御者台に座っているのは御者ではない。
トーゲン村への侵入者は、よく知る人物だった。
「リィト様!」
「あ、アデル殿下!?」
第六皇女、アデリア・ル・ロマンシアだった。
対魔戦争中に、「名誉団長」でありながら自らモンスター討伐と地下遺跡(ダンジョン)戦役の最前線へと突っ込んでいった女傑だ。
ロマンシア帝国の価値観としては、「ありえない娘」なのだけれど、リィトとしては歓迎だった。
それはアデルが、他の冒険者や騎士よりもよっぽど個人としての戦闘力に優れていたからだ。
要するに、リィトはアデルのことを認めているのだ。
アデルもそれと同様にリィトのことを尊敬している。
いや、尊敬しすぎている。
終戦後も、あれこれと便宜を図ってくれたことについて、リィトは深く感謝しているのだけれど──。
「ああ、リィト様! こんなド田舎にいらっしゃるなんて……参りましょう、帝都に戻り、リィト様に仇を為したものどもを、共にブチのめしましょう。このアデル、全力でリィト様をお支えいたします!」
走竜車から飛び降りるなり、固く握った拳を振り回して演説を始めたアデルに、フラウやミーアがあっけにとられている。
マンマだけは、さらさらとメモにペンを走らせているのだから立派な記者魂だ。
リィトは、急な来客、しかも思わぬ知り合いの襲来に思わずしろどもどろである。
「え、あの、違うんですよアデル殿下?」
「殿下などと! どうぞ、わたくしのことはアデルと! いつものようにアデルとっ!」
「あー……アデル、心配はありがたいけど、僕は帝都には戻らないよ」
「なぜですか、あの貧弱な宮廷魔導師どもでしたら、わたくしがぶん殴ってさしあげますので……力こそ暴力であり、暴力こそパワーです!」
「哲学的っぽく見せかけて普通に暴力的な発言はやめてください、アデル殿下!」
「アデルと!」
「ア・デ・ル! ……あー、その、なんだ。ここにいるのは僕の意思なんだけど」
リィトの言葉に、アデルは凍り付いた。
「…………はい?」
「いや、だから。追放されたっていっても、僕としてはラッキーというか……もう帝都で悪目立ちするのはコリゴリっていうか」
「なっ、なっ……?」
「こないだの戦争のときも、名前と顔を出さないでやってただろ」
「あ、あれはリィト様が謙虚すぎるのです!」
「いや……のんびり平凡に暮らしたかったからなんだけど」
「リィト様が平凡だったら、この世はカス虫と腑抜け野郎ばかりですわ!」
わなわな震えるアデル。口が最悪である。
「……わかりました」
艶やかで美しい容姿からは想像できない、超ド級直情型の姫騎士はすらりと腰の剣を抜いた。
花人族たちがパニックを起こしたように怯え出 す。
ナビに「みんなを安全な場所に」とオーダーを飛ばす。
抜刀は、ちょっとあまりにも穏やかじゃない。
「なにもわかってなさそうなムーブだけど!?」
「なにがですか?」
「わかったって人は、剣を抜かない」
アデルはリィトのツッコミを無視して、剣を構える。
完全に、目つきが剣呑だ。
「リィト・リカルト──力尽くで、あなたを帝都にお連れします」
ロマンシア帝国第十五騎士団、名誉団長。
それは名誉職ではなく、数々の上級モンスターを単騎で撃破してきた無双の剣。その閃きが、リィトに襲いかかる。
「……はぁ」
アデルの服装は一分の隙もなく着込んだ、勲章付きの騎士団の隊服。
対するリィトは、農作業にぴったりの洗いざらしのシャツとオーバーオール。アデルの一方的な蹂(じゅう)躙(りん)になるのだと、誰もがそう思うだろう。
だが、もちろんそうはならない。
ここにいる、ご機嫌な若隠居は地下遺跡を壊滅させ帝国を救った、侵略の英雄リィト・リカルトだ。
ぽとり、ぽとりと足もとに落とされたベンリ草の種子が芽吹くとき。
「……すくすくと育て」
「ひゃんっ!」
「アデル。ちょっと落ち着いて話そうか、フレッシュハーブティがおすすめだけど」
「ふっ、さすがはリィト様です……手腕、衰えてはいらっしゃいませんね」
「……はぁ」
──すでに勝負は決していて、蔓にグルグル巻きにされたアデルはなぜかちょっと嬉しそうなのであった。
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