第30話 自由研究『謎の種子X』

 リィト・リカルトのトーゲン村での暮らしは、おおむね順調だった。

 特に、通販事業は軌道に乗っている。

 主商品は、ベリー各種と加工品。

 品薄の赤ベリーの安定供給はもちろん、使い道のない春ベリーを使ったベリージュースにベリー酒の売れ行きも好調だし、マタタビ酒は猫人族たちに静かなブーム。猫人族自体が比較的珍しい種族のため、大量に売れるわけではないけれど、猫人族の可愛い姿が見られるということで彼らのパトロンたちがこぞって買い付けてくれるようになった。

 担当者であるミーアは、すでに商人ギルド『黄金の道』のエース商人となっているらしい。

 ほぼ休みなく、ギルド自治区とトーゲン村を行ったり来たりしている。

 よく取材と称してマンマと一緒にやってくるが、あれは仕事にかこつけてマタタビ酒を飲みに来ているのだ。

 人生、いや、猫生?

 猫人生、楽しんでいるなぁ……とリィトは微笑ましく見守っているのである。

 リィトはおかげで作物の作りすぎの心配も、金の心配もなくなって、のびのびと自分の畑を耕したり、品種改良に精を出したりしている。

「さすがはマスターです、今月の収支は宮廷魔導師としての収入を優に超えています」

「まぁ、魔導師団内の平均賃金でってこっちからお願いしてたからね」

 妙に高給取りにしてもらって、悪目立ちするのは避けたかったのだ。

 結局は追放の憂き目にあったわけだが、リィトとしてはトーゲン村に越してきて生活の満足度が格段に上がったため、今となっては宮廷にはなんの未練もない。

 それと、もうひとつ順調なこと。

「リィトさまっ!」

「フラウ」

「お昼の時間です、リィトさま。今日はこの間作付けしたカブが食べ頃ですよ」

「ありがとう、昼はフラウが作ってくれたの?」

「はいっ」

 フラウは、元気よく頷く。

 ミーアから買い付けた可愛らしいエプロンがよく似合っている。

 このところ、フラウの人族語の成長がめざましい。

 ずっと基礎的な学習を続けていたところに、リィトとナビという話し相手ができたのだ。実践に勝る勉強はなし──メキメキと上達を続けている。

 ほとんど会話には困らないレベルになっている。

「フラウ、だけどその『リィトさま』っていうのはやめてね」

「えっ、ダメですか」

「うん。照れるというか、他にも僕のことそう呼ぶやつがいるんだけどさ……こう、ちょっと思い込みの激しいやつでさ」

「思い、こみ……?」

 そう、思い込みである。

 ちょっと一本気すぎる知り合いがいるのだ。

「その人は、お友達ですか?」

「ん? うーん……友達かと言われると微妙だな。でもまぁ。信頼はしているよ」

「……?」

 頭の上にハテナマークを飛ばしているフラウに、リィトは苦笑して言い直す。

「うん、まぁ……友達かな」

 続けて、フラウに言い聞かせる。

「信頼してくれるのは嬉しいんだけど、フラウには普通に呼ばれたい……とにかく、リィト『さま』はやめてくれ」

「えっと、じゃあ」

「リィトさん、あたりで。呼び捨てでもいいよ」

「よ、呼び捨ては、フラウ、恥ずかしい、ですっ!」

「じゃあ、リィトさんで」

「はい、頑張りますね……リィト、さん」

「よくできました」

 親指を立ててみせると、フラウは花のようにはにかむ。ピンク色の髪を彩るつぼみがいくつか、ぽんっと咲いた。

 嬉しいと花が咲くシステム、実に興味深い。

「ま、このやりとり、ほぼ毎日してるんだけどね……」

 いつになったら「さん付け」に慣れてくれることやら。

 まぁ、そんなにこだわってはいないのだけれど。

「さて、カブだっけ」

「はい、フラウがカブを茹でました!」

「そっか、茹でたのか」

「お芋もありますっ」

「あー、芋ね……もうすでに一生分食べている芋ね……」

「はい、フラウが蒸かしました!」

「そっかー、蒸かしたのかー……」

 トーゲン村での暮らしは、おおむね順調だ。

 でも、上手くいってないこともある。

「うーむ、難しいなぁ」

「そうですか? このところの収支はガッポガポですよ」

「ナビ、僕は商人ギルドを牛耳りたいわけじゃないよ。のんびり土いじりをして、美味しいごはんにありつきたいってだけだ」

 せっかくの隠居生活なのだ。

 始めこそ、植物魔導『生長促進』や『生命枯死』を活用していたが、もうそれもお役御免。魔導を使うとしても、品種改良に腰を入れて取り組むときくらいにするとリィトは決めている。

 日常の農作業は、あえて魔導なしで取り組んでいる。

 そういう、ゆったりとした時間がいいのだ。

 こう、源泉掛け流し的な農業というか……なにを隠そう、前世では攻略サイトを参考にせずにやり込むゲームが一番面白い派であった。

 むしろ、マイナーゲームの攻略ブログを運営していた側である。

 特に、気の遠くなるような試行回数を求められるタイプのゲームが、前世のリィトの得意分野だった。

質問おや? 現状、美味しいごはんにはありつけていないのですか?」

「うーん……まぁ、美味しいけど……料理とは言いがたいんだよね……」

「なるほど」

 基本的に、野菜がメイン食材。

 野菜はリィトが自ら品種改良をしているだけあって、文句なしに美味い。

 ただし、調理法は限定的だ。

 茹でる、焼く、ちょっと手間をかけて蒸す……その程度だ。

 ハーブ塩のさじ加減が絶妙なバーベキューも、何日も続けて食べれば飽きてくる。

 自らの料理スキルのなさを、少しだけ……いや、大いに恨むリィトだった。

 それでも、塩辛いばかりの芋や干し肉ばかり食べていた帝国暮らしよりは、少しはマシだけれど。

「ま、上手くいくことばかりじゃつまらないからね」

「リィトさん、カブとお芋が冷めちゃいますよ」

「ああ、行こう。フラウ」

「はいっ!」

 調味料の作り方だけでも、どうにか発見したい。

 卵と酢を仕入れて、マヨネーズとか作ってみたらいいかもしれない……たしか、あれはシンプルな作り方だったような気がする。

(もっと、自炊とかしておけばよかったなぁ……)

 そんなことを考えながら、花人族のみんなと食卓を囲む。

 日の出前からの農作業で、誰も彼もが腹ペコだ。

 ゲームをやり込むために、ほぼ毎日レトルトやカップ麺で暮らしていた前世を悔やむリィトだった。

「料理なぁ……そもそも料理の文化が乏しいところってのがネックだなぁ……」

 リィトは思った。

 日常的にまともな料理をする人間がいればいいのだが。

 新しいスキル習得という意味ではやり込み好きの血が騒ぐけれど、腕が上がるまでしばらく失敗作の料理を食べ続けるのは気が引ける。

 レシピ本など望めないが、せめてなにかの料理に長けた者がいないだろうか。

 あるいは、モンスターが地上で爆発的に増える前、ロマンシア帝国が栄華を誇っていた頃の料理の記録とか。

「……ま、気長にやるしかないよね」

 蒸したカブをかじる。よくいえば素材のよさが丸出しの──悪く言えば、カブの味しかしないカブを存分に味わいながら、リィトはひとまず目の前の食事を楽しむことにした。

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