第28話 肉からのモン狩りはベタだと思う。


 異世界というからには、モンスターがいる。

 ドラゴンとかゴブリンとかツノウサギとか、定番のやつらでどいつもこいつも凶暴だ。

 ロマンシア帝国のある北大陸は、百年前に突如あらわれた地下遺跡(ダンジョン)から湧き出てくるモンスターによって戦乱状態となっていた。

 南大陸は、当時すべてのギルドを統括していた大統領によって、上南大陸を細長く繋いでいる陸地に、巨大な城壁を築いた。

 切り立った渓谷を利用した、大城壁に守られた都市。それが、今のギルド自治区の中心地ガルトランドの前身だ。

 モンスターの大発生を境に上南大陸の架け橋となる陸地は封鎖され、往き来は厳しく制限された。

 つまり。

 南大陸には、ほとんどモンスターはいないはずなのだ。

「なんで、こんなとこにモンスターが?」

「南大陸にモンスターがいない、というのは北大陸の定説です。ナビは北大陸での活動と地下遺跡ダンジョン攻略に合わせてチューニングされたサポートシステムです。南大陸では精度が落ちていた可能性を考慮するべきかと」

「……つまり?」

「定説と実情の相違。つまり、南大陸にモンスターがいるとしても、不思議ではないかと」

 ふむ、とリィトは唸る。

 たしかに、南大陸の事情はリィトもほとんど知らない。

 帝国側にいると、ギルド自治区のことには疎くなってしまうのだ。

 定説を鵜呑みにすることしかしていなかった。

 もしも、南大陸にも少ないながらモンスターは存在するとしたら?

「あー、そうしたらこのあたりの土地が全然開拓されてないのも頷けるかも」

 そして、土地の広さのわりにはあまりにも値段が安かったのも。

 土地管理局も、一言くらい注意してくれてもいいものだけれど。

「……花人族たちのコロニーが栄えていないのも、そういうことか」

「それ以外にも理由はありそうですが」

「数は?」

「一匹ですが、中級以上かと」

「なるほどね」

 下級、中級、上級。

 モンスターは危険度によってランク分けがされる。

 下級ならば、一般的な兵力で相手になる。

 中級ならば魔導師が必要。

 上級ともなれば、魔導小隊含む、それなりの兵力で対峙する相手となる。

「撤退しますか?」

「まさか」

 リィトは肩をすくめてみせる。

「トーゲン村を放棄するにはおよばない。物足りないくらいだ」

 転生者にして英雄として、そして鬼のような師匠の弟子として。

 リィトは幼い頃から、決して戦闘に特化しているわけではない植物魔導を駆使してモンスターと戦ってきた。

 ──特級モンスターと、だ。

「ま、バーベキューの煙に誘われてやってきたのなら、僕のせいだしね」

 宮廷魔導師として暮らしてきた日々で、少しは鈍ってしまっているかもしれない。むしろ、腹ごなしのいい運動だ。


『GYAAAAAAAAAA!!』


 出現したモンスターは猛虎型の獣だった。

 見たところ、中級から上級といったところだ。

 本来は魔導小隊の出動案件だが──リィトの敵ではない。

「ウニャーーーーーっ!? なななんだニャ!?」

「ほにゃ? わがはい、酔いすぎたぁ? げ、げ、幻覚がぁ~~」

「り、ぃとさまっ!」

 平和なバーベキュー会場に悲鳴。

(……とっとと片づけちゃおう!)

 懐かしさすら感じる咆吼に、リィトはポケットから種子を取り出す。

 戦闘特化ベンリ草。

 ギルド自治区でチンピラ相手に使ったものを汎用あるいは捕縛用、あるいは雑魚用とするのならば、もう少し殺傷能力に優れている。

 トゲがびっちりとついているのだ。

 毒を纏わせることもできるし、麻痺や昏睡を誘う成分を分泌することもできる。念のための護身用に持っていてよかった。

 せっかく耕した土地に、こんなモノを蒔くのは気が引けるけれど。

「ナビ、みんなの避難を!」

「はい、マスター」

 指示と、応答。

 同時に、リィトは『生長促進』の魔導を発動した。

 リィトの魔力を糧にして、爆発するように成長したベンリ草は、まるでリィトの手足のように意思を持った動きで猛虎型モンスターに襲いかかる。

 あたふたと逃げ惑う猫人族の美少女二人組の首根っこをナビがむんずと捕まえる。パニックを起こしかけているので、そのまま引きずって避難させるつもりだ。ナビは見た目に反して、それなりの豪腕である。

 花人族たちに戦闘能力があるとは思えないので、彼らもなるべく遠くへ避難させたいところだ──と、リィトが考えていた、そのときだった。

「やーーーっ!」

 フラウの母、つまりは花人族の長が可愛らしい声で号令をかけたのだ。

 リィトはモンスターを押さえ込みながら、「ん?」と首を傾げる。

 号令?

 まるで、集団戦のような──。

「「「やーーーっ!」」」

 族長の号令に、花人族たちが応える。

 人数は少ないが、統率の取れた一糸乱れぬ動き。

 毎日の農作業でよく知っている、ぴったりと息の合った花人族の連携だ。

 彼らの手に握られているのは、

「マタタビ酒!?」

 先程まで、マンマとミーアが楽しんでいたマタタビ酒だった。

 東の山でとれたマタタビを使って、花人族たちが漬け込んでいた名酒だ。

 猫人族コンビがすっかり虜になっている、美味で甘露な酒である。

 花人族たちは、マタタビ酒をぐいっと口に含むと勢いよくモンスターに吹きかける。かなりの近距離で危険もあるはずだが、彼らは怯まない。

 リィトのベンリ草がガッチリとモンスターの四肢を拘束しているとはいえ、勇猛果敢と称してもいいくらいの戦いぶり。

 たちまち、猛虎型モンスターの四肢から力が抜けていく。

『GYA……、ぐぅにゃぅ……』

 まさに、猫にマタタビ。

 マンマとミーアが飲んだときと同じように、モンスターもへろへろに酩酊してしまった。花人族たちは、念には念を入れるように丸まって眠ろうとするモンスターにマタタビ酒を浴びせ続ける。

 ものの数分もたたないうちに、モンスターは昏睡してしまった。

 実際のところ、リィトがベンリ草で猛虎モンスターを押さえつけていなければ何人か怪我人は出ていたかもしれない。

 けれど、そうはならなかった。

「……念のため、麻痺させておいてよかった」

「さすがです、マスター」

「いいえー。しかし、驚いたな……花人族が、あんなに見事にモンスターに対応するなんて」

「分析(ふむ)。この土地は、このモンスターに定期的に襲撃を受けているのでは」

「ありえるね。花人族たちは、彼ら特有の病気の予防のため春ベリーのジュースや酒を主に飲んでいる。マタタビ酒を飲む様子は、僕らがここに来てからは見てない」

 ということは、だ。

 飲まない酒を造る理由なんて、いくつかしかない。

 売るか、他人に飲ませるか。あとは神様に供えるとかもあるか。

 花人族たちは、地産地消のプロだ。リィトが提案して実行に移すまでは、作物を売るという考えはなかったようだ。作るのは好きだけど、作りっぱなし。宗教っぽいものについては観察しきれていないが、捧げ物のようなことを日常的にしている様子もない。

 となれば、「他人に飲ませる」のが本筋だろう。

 花人族のマタタビ酒は、この猛虎型モンスターと戦うための道具だったのだ。

「……猫人族が来たときに、すぐマタタビ酒を用意したの……そう考えると意味深すぎないか……?」

 あの二人がぐでんぐでんに酔っ払ってしまうと知っていたってことだ。

 いや、もちろん他意はないと思う。

 花人族たちには、敵意とか意地悪というものが存在しなさそうだ。ただただ土と向き合う、素朴な種族。

「うん、一応マンマとミーアには黙っておこう……」

 モンスター退治用のお酒を喜んで飲んでいたっていうのは、微妙な気分になるだろうし。

「ふにゃぁ……リィト氏の活躍……これ、情報売っちゃダメですにゃ……? 吟遊ギルドの連中がほしがるのにゃ……」

「ニャニャ!」

「ダメです、取引を打ち切るよ?」

「ぐぬぬぅ……マンマ、そのメモは捨てるニャッ。ビッグビジネスチャンスをみすみす逃すのは馬鹿だニャッ」

「フにゃ~……」

「マタタビ酒おまけするから、頼むよ」

「むっ!? そ、それなら仕方ないですにゃ~」

 まんざらでもなさそうな、マンマ。なかなかのウワバミだ。

 とうの猫人族ズは、自分たちが飲んだものの正体には思い至っていないようだった。基本的に猫人族は、楽しくて美味しくてノホホンとしたものが大好きな──わりと刹那主義的な種族なんだろう。

 ナビがモンスターの活動停止を確認し、リィトに向き直った。

「マスター、当該モンスターの処理はいかがいたしますか?」

「んー、そうだな」

 基本的に、帝国でのモンスターへの対応は「排除」だ。

 リィトの知り合いでどういう理屈か知らないが大型モンスターを飼い慣らして使い魔にするという離れ業を行う馬鹿がいたけれど、そうでないなら帝国式が無難だろう。

 さて、どうしたものか。

 リィトが考えていると、花人族が動き出した。

「ん……?」

 完全に沈黙した猛虎の尻尾を、花人族たちがヨイショヨイショと引っぱっている。

 小さな体で農作業をもりもり進められる、力強い手足でモンスターをずりずり引きずっていく。

「東の山に返そうとしてる……?」

「そのようですね、マスター」

「襲われたのに、どうして……?」

 不思議に思っていると、フラウが辞書を見ながら説明してくれた。

 たどたどしさは残るが、かなり複雑な内容も話せるようになってきている。ここ数日の上達がめざましい。

「あの……畑、守ってくれる、のが、あの猫さんです」

「モンスターが、畑を守る?」

「疑問。先ほど襲われていたようですが」

「それは、フラウたちも、はじめてでびっくり、です。……たぶん、お肉のにおいで、おなかすいたと思う、ます……いつもは、畑、とか、木の実を食べて散らかす、動物を、おいはらってくれるです」

「ふむ……」

「お礼に、お酒、あげます」

「あぁ、なるほど」

 花人族の天敵は、あの猛虎型のモンスターではないのだ。

 もっと小さい、東の山に生息している小型の獣なのだろう。

 畑を荒らす獣の天敵は、モンスターだ。

 猛虎型のモンスターと花人族は、どうやら共生関係にあるようだ。

 マタタビ酒は、彼らが身を守りながらもモンスターをねぎらうためのアイテムらしい。

(よ、よかった……うっかり毒でやっつけたりしないで……っ!)

 植物というのは、だから面白い。

 花人族と猛虎型モンスターの不思議な共生関係のような、不可思議な法則がそこかしこに隠されている。

 やり込み気質のリィトにとっては、たまらなく面白いのだ。

「……手伝うよ」

 リィトもモンスターを山に戻す仕事に加わる。

「そこのお客さんも、よかったら手伝ってくれるかい?」

「ふにゃ?」

「トーゲン村が守られた記念だ、みんなで働いて飲み直そう」

「ニャ!」

「お肉も野菜も、まだまだあるからね」

 猛虎型モンスターと同じくマタタビ酒でちょっと千鳥足のマンマとミーアが、行列に加わる。

 モンスターのふさふさの尻尾を掴んで、全員でヨイショヨイショと引っぱった。

「ふにゃあ……力仕事とか久々ですにゃ」

「いくニャッ!」

 山奥に開けている広場まで、猛虎型モンスターを引きずっていくと任務完了だ。花人族が声を揃える。


「「「アリガトーッ!」」」

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