第26話 猫人族と提携しようと思う。3



 それから一ヶ月もしないうちに、猫人族コンビがやってきた。

「リィトの旦那ァ! す、す、すごいことになったニャッ!」

「ふにゃぁ……もっと情報ないのかって聞かれまくりで、しらばっくれるのに疲れたのでありますぅ……」

 血相を変えてリィトの小屋に飛び込んできた。

 謎の種子Xの鉢植えを手入れしている最中だったリィトは、往復にかかる時間を考えるとほぼトンボ返りだったであろう二人にお茶を淹れてあげた。

 これは最近になって花人族が栽培を始めたもので、リィトの手持ちの種子のなかでもけっこう値の張るものだ。

 茶葉の加工も花人族にとっては朝飯前のようで、たいへん美味な緑茶に仕上がっている。飲めばホッコリ。

「す、すごい売れ行きなのニャ!」

「えぐくもなく、酸っぱくもないベリー酒なんて史上初ですからにゃ~。すでに考察ギルドが色々と嗅ぎ回っているにゃ~」

「そうなのニャ! レシピとか出どころを聞かれまくるから、全部マンマに流しているのニャッ!」

「にゃふ~、わがはいはリィトに言われたとおりの、ちょぴっとの情報だけを小出しにしているのにゃ……客が勝手に熱狂してくれるのであるっ」

「少しでもなにか知りたい客が、商人ギルドこっちにまで探りをいれてきてるのニャッ! 色んな商品を買ってくれるから、売上がっぽがっぽだニャ!」

情報ギルドこっちにも一口だけでも飲んでみたい客が情報をもとめて殺到してきますにゃ……ミーアに試飲会の日時を横流ししてもらうだけでもガッポガッポっ! 考察ギルドの連中の鼻を明かしてやったですにゃ……っ! わがはい、感無量っ」

 赤ベリーの納品のときに、お試し用の春ベリー酒と春ベリージュースをミーアに預けた。それから、花人族とベリー酒に関する、本当にちょっとした情報も。

 二人はそれを上手く使って、ギルド自治区ガルトランドで順調に財産を築いているようだった。ちなみに、領土とリィトに関する情報は絶対に流さないようにと釘を刺しているが、このぶんだと約束は守ってくれそうだ。

 ギルド自治区で、二人が作物と加工品の評判を高めてくれている。

 その間にも、リィトと花人族が共同で耕している畑では様々な作物の安定供給を始めていた。

(帝国ではマトモに使える土地が少なくて、プランターばっかりだったからな……地植えし放題はありがたいぞ!)

 猫人族コンビが商売繁盛している間に、リィトも充実の日々を過ごしていたのであった。

 モンスターとの大戦中に、趣味で密かに品種改良していた豆類や野菜類のいくつかは問題なく育ってくれている。

 カラカラの大地を汲み上げた地下水でギリギリ潤している状態なので、水をふんだんに持っていく作物はまだお預けだ。

 キュウリとかスイカとか、そういうのはキツい。

「うーん、水不足の原因は年間通して調査しないとわからんか」

「うにゃ、リィト氏?」

「いや、独り言」

 さて、とリィトは居住まいを正す。

 今回、猫人族コンビに来てもらったのは、収穫したベリーと酒類の卸の他にも理由がある。

「どう? まだこの土地のことを調べたり、俺の個人情報で稼いだりしたい?」

 リィトの問いに、二匹はぷるぷると首を横に振った。

「「ノーにゃ!」」

「お、息が合ってるね」

「リィト氏と組めば、ドバッと稼いでも、次の月には閑古鳥……そんな悲しい日々とはオサラバできそうだニャッ!」

「ふにゃ……同意ですぞぅ。グルメ情報があんにゃに売れるとは、わがはい夢にも思わなかった」

「……そりゃ、基本どこもメシマズだからね」

 第一段階はクリアだ。

 リィトはとりあえず、美味いメシを食いたい。

 のんびり隠居ライフも、メシがまずければ台無しだ。

 もちろん、自身の植物魔導で育てた作物は味もばっちり。えぐみも少なく、美味い野菜や果物ばかり。

 ただし、加工品となれば話は別だ。リィトには料理の心得は、あまりない。

 花人族たちの醸造技術は優れているものの、基本的には茹でるとか蒸すみたいな原始的な調理しかできないようだ。それでも、帝国やギルド自治区の、塩辛いばかりの芋よりは幾分美味しいけれど。

(うーむ……あれだけ発展しているギルド自治区でも、『魔物との戦争と軍事極フリの帝国よりはちょっとマシ』程度だもんな……たぶん、美味いものを食おうっていう文化自体がないのかもしれない)

 少し込み入った話なので、傍らで聞いていたフラウが目を白黒させている。

 ナビがかみ砕いて説明をしてくれているので、心配はないだろうけれど。

 話の内容を理解したフラウは、「すごい、です!」とパチパチ拍手をしている。なにがスゴいのかはわからないけれど、とにかく畑をもっと広げてもいいというのはフラウたちにとって喜ばしいことらしい。

 そういえば、最近ちょっと花人族の人数が増えている気がする。

 始めは三十人かそこらのコロニーだったのだが、農作業をしている人数が少し多い気がする。

 もしかして、えた?

 いや、それとも移住者とか……あるいか、気のせいか。

 妙だな。いや、特に人数が増えて困ることはないのだけれど。

 物思いにふけっていると、ちょいちょいと服の裾を引っぱられた。

 ニャンコ娘二人が、リィトを上目遣いで見つめていた。

「ん? なんだ」

「ひとつ、ここの領主であるリィト氏にお願いがあるニャッ!」

「お願い?」

 たしかに土地の持ち主ではあるから、領主ではあるか。

 少しくすぐったい呼び名だけれど、「村長」とかよりはいい。長と名の付く肩書きはこりごりだ。統一騎士団長とか、宮廷魔導師長とか……係長とか、バイト長とかね。色々経験したけれど、肩書きなしの気ままさが今は一番ありがたい。

 それで、お願いとはなんだろう。

「ここの村の名前を教えてくれニャ!」

「……名前? ここの?」

「ふにゃ……わがはい、困っているのですにゃ……神秘と謎の辺境の大地、あるいはベリーたわわプレイス……色々な呼び名を駆使して情報を売っているのにゃが、やっぱり呼び名がほしいのにゃ~」

「なまえっ! なまえ、ここのなまえを知りたいのが、フラウです!」

「フラウもかい?」

「はいっ」

「ふーむ、名前かぁ……」

 ナビがぽそりと呟く。

「懸念。マスターは名付けのセンスが少々アレであるというデータがあります」

 む、とリィトは思わずナビを横目で睨む。

 長年の相棒とはいえ、聞き捨てならなかった。

 人工精霊(タルパ)であるナビは真っ白くて体温を感じない、涼やかな美女だ。だが、たぶん腹の中は真っ黒なんだと思う。

「マスター、なにか失礼なことを考えていらっしゃる?」

「そっちこそ」

「ナビはただ、マスターのネーミングセンスがアレと申し上げただけです」

「アレってセンスに溢れてるってこと?」

「逆のアレです」

「やっぱ失礼だな!」

 まったく。まぁ、たしかに「ベンリ草」とかはその場のノリでつけた名前ではあるけれど。

「……で? どうするのニャ、村の名前」

「やはりここは、リィト氏につけてほしい。あとから由来とかの情報も売りたいしにゃ」

「はやく、はやくニャ!」

「にゃふ~」

「いやいや。待ってくれ、急かさないで」

 リィトは、うーんと考える。

 この土地は、ギルド自治区の土地管理局からも見放されたような荒地だ。

 水分に乏しく、作物を育てるのにも苦労する。

 でも。

 ここでならリィトは英雄でも聖者でもない。誰もリィトに干渉してこない。

 くだらない嫉妬も、足の引っぱり合いも、はたまた窮屈な崇拝もない。

 そうだ、例えるならここは──。

「……決めた」

 リィトが閉じていた瞼を開けると、期待に満ちた猫人族ズと目が合う。

 ずっと、こんな暮らしがしたかった。

 転生して、戦って。

 英雄とまつりあげられて、宮廷魔導師として働いて。

 やっとたどり着いた、ここは。

「……トーゲン村」

 そんな名前が、ふさわしい。

「と、ぉげん?」

「うん。僕が昔住んでいた国では、こういう場所のことを桃源郷って呼んでいたんだ」

 もちろん、本当の桃源郷はもっと恵まれた環境だろうけれど。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 だけど、これからだ。

 これから、ここはリィトにとっての桃源郷になっていく。

「だから、トーゲン村……って、どうかな」

「おおーっ!」

「ニャー、なんかカッコいいのニャッ!」

「うむうむ、悪くないですにゃ~。詳細不明の外国語が由来というのは、なかなか民の心をくすぐる情報ですのにゃ」

 リィトのネーミングセンスを心配していたナビも、悪くない反応をしてくれた。

 リィトは、何度か「トーゲン村」と呟いてみる。

 口馴染みもいい。それに、なんだかワクワクする。

「よし、今日からここはトーゲン村だ」

 リィトの言葉に、周囲で様子をうかがっていた花人族たちが飛び跳ねた。

「「「「アリガトーッ!!」」」」

 完全にパリピモードである。

 ナビとフラウが、花人族たちに「トーゲン村」という言葉を教えてからは鳴り止まないトーゲン村コールが響き渡ったのであった。

「うーん、また宴モードになってしまった」

「提案。マスター、例のアレを召し上がるのもよいのでは」

「あ。たしかに」

 例のアレ、というのは今回の取引で手に入れた現金でミーアから購入したものだ。

 高級バーベキューセット。

 植物ではどうにもならないモノのうちのひとつが肉である。

 大豆ミートを将来的に作りたいという気持ちはあるけれど、今はまだ夢のまた夢だ。とりあえず、美味い料理が食べたい段階。

「新鮮なお肉なら、焼けばとりあえず美味いもんな」

「同意いたします、マスター。流通している肉類は保存のための塩漬けにより、過度な塩分量となっている傾向にあります」

「うん、どこ行っても

塩っ辛いもんなぁ……」

 だが、今回は違う。

 ミーアが肉屋から直接買い付け、運送ギルド〈ねずみの隊列〉の口利きで、氷魔法で保冷してもらった新鮮な肉の塊を手に入れたのだ。

 日持ちするものではないし、美味しいうちに食べてしまいたい。

「よし、昼はバーベキューにするか!」

「むー、いいニャ!」

「ふにゃあ……あの甘露なるマタタビ酒が忘れられないですにゃ……」

「時間が許すなら、よかったら二人も一緒にどうぞ」

「「ニャッフーッ!!」」

 飛び跳ねる猫人族。

 やっぱり猫もお肉は好きだ。

 本当はお魚でも咥えさせてあげられればいいのだが、残念ながらトーゲン村には目立った水辺はなし。

 農業用水の確保についても、頭の痛い問題だ。

 まぁ、今はとにかくバーベキューだ。

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