第25話 猫人族と提携しようと思う。2
◆
花人族の宴は相変わらずご機嫌なものだった。
歌って踊って、飲んで騒いで。
その、翌日。
「ふ、不思議にゃ……マタタビ酒でぐでんぐでんになったときの、頭ぐぁんぐぁんがない……」
「毛玉げろげろもないニャ!」
マンマとミーアは、宴を満喫してツヤツヤした顔色で目覚めた。
やっぱりな、とリィトは思う。
「花人族の酒造技術、というか加工技術、すごいな」
都市部には生息していない種族で、かつ、他種族とのコミュニケーション手段を持っていなかったことで知られていなかったみたいだが、花人族の加工品は段違いに美味い。
いや、他のメシがまずいというのもあるけれど、とにかく、美味いのだ。
「……というわけで、ここら一帯の領主として正式に申し入れをしたい。商人ギルド『黄金の道』で、赤ベリーの他に花人族の酒を扱ってくれないかな」
「了解ニャ! これは金の匂いがするニャッ!」
「で、そっちのマンマ」
「ふにゃ?」
「情報ギルドで扱うなら、こっちの情報がいいだろ?」
「こっち?」
「自治区から遠く南下した土地で作られる、知る人ぞ知る名酒。謎多き花人族の秘宝!」
「えー、なんか地味ですにゃ……『荒廃した土地を耕す謎の魔導師!』のほうがかっこいいのと思いますのにゃ……」
「甘いな」
リィトは、ぴっとマンマに指を突きつける。
「情報というのは、小出しにするのがいいんだ」
「む? 情報ギルドのスゴ腕記者ことわがはいに、情報の売り方の講義ですかにゃ……?」
耳をピコピコ動かすマンマ。
リィトは畳みかける。
「どうやら、この土地が開拓されるのはほぼ初めてらしいじゃないか。たしかに自治区からは遠すぎるし、目立った地下遺跡(ダンジョン)もないし、荒廃しているしカラカラに乾いているし、開拓する旨味はないよね」
「ふむ?」
「でも、実際は花人族が住んでいた。これは、ギルド自治区からすれば発見だろ?」
「たしかに、そうとも言えますにゃ?」
「その開拓情報を、小売りにするんだよ。ミーアがうちから仕入れる酒についての情報を、マンマが売る……味は抜群だから、必ず売れる。そうすると、この美味い酒はなんなのか、誰が作っているのか、知りたくなるのが人情だ」
「その情報を、わがはいが売ると?」
「ああ。場所を特定されないように、僕の正体を知られないように、少しずつ客を焦らすんだ」
「ほうほう」
いいぞ、とリィトは思う。
マンマが前のめりになってきた。
「勝手に情報を漏らさないと約束してくれるなら、この土地の情報は定期的に売るよ」
「ふむぅ……」
「ネタは多いよ? 花人族の生態、南大陸の荒廃地域の現状、それに今は話せないこともね」
「にゃ……は、話してくれないのか!?」
「情報ってのは、タダで仕入れられるものじゃないだろ?」
「ぐにゅっ」
「ミーア。質問なんだが、商人ギルドは仕入れをタダでするものか?」
「ニャッ、ミーか? そんなウマい話、あるわけないのニャ。仕入れ値と売値をどう調整するかが、商人の腕の見せ所ニャ。……む、情報ギルドってのは、そう考えるとセコい商売だニャ」
「ふにゃ、み、ミーアまでなにを……」
「というわけで、マンマ。取引だ」
いい感じにリィトのペースになってきた。
たじたじしているマンマに、条件をつきつける。
「僕が流した情報に限って、いくらでも売っていい。他の情報ギルドには売らないよ、専売だ」
「せ、専売……っ!」
「そのかわり、さらに協力してほしいことがある」
「ふにゃ……協力……?」
「青く光る不思議な種について、情報があれば教えてほしい。あと、そういう文献が多そうな図書館とかあれば、その情報も」
あの不思議な種子。
植物魔導に精通しているリィトがなんの種子だか見当がつかないというのは、気持ちが悪い。実際に育てるのと並行して、なにか情報があればいいとは思っていたが、帝都を追い出されてしまうと、図書館に行くこともままならない。
リィトのサポートをしてくれているナビは、この世界『ハルモニア』についての基礎知識を教えてくれたり、リィトが見聞きした情報をまとめてくれたりはするが、それだけだ。
「どう? 悪い話ではないと思うんだけど」
「むむむ……」
「ミーはノリノリだニャッ! マンマ、ミーたちで天下をとれるチャンスだニャ!」
「む、たしかにそうであるがぁ~……!」
いいぞ、もう一息だ。
流通と情報を握れれば、農作物を売るのに一番大切なモノが手に入る。
ブランディングだ。
「あ、村の作物を売りさばく手伝いをしてくれるなら、特典をつけよう」
「特典?」
「うん、協力してくれるお礼に──」
◆
マンマとミーアは、特急走竜車でガルトランドへと帰っていった。
二人を送ってきた運送ギルドの御者も、宴会の片隅でぐでぐでになっていたため予定より一日遅れての出発らしい。
花人族たちは、今日も今日とて農作業だ。
どんなに宴会が盛り上がっていても、絶対に朝の農作業を欠かさないのが彼らのスゴいところだ。農作業という仕事が好きでたまらない様子。なんて勤勉なのだろう。
こういう彼らにこそ、のんびり過ごすことを教えていかないといけない。
作業を抜けて二人のお見送りにやってきたフラウが、ちょっと寂しそうに呟く。
「かえっちゃいました」
「帰っちゃったね」
「……うぅ」
「でも、定期的に来てくれることになってるよ」
「てーき、てき」
フラウが大事に抱えている辞書をめくる。
「あー、ちょくちょく来るってこと」
「ほ、んと! ですか!」
「うん、本当だよ」
「わぁ……」
フラウが目を輝かせている。
外の世界に憧れがあるのだろうか。フラウはいつも、人族(ニュート)語辞典を抱きしめている。ナビとの特訓のおかげで近頃はかなり流暢に喋れるようになってきているようだが、まだ知らない単語も多い。
辞書以外にも何冊か絵本を持っているようで、どれも師匠の署名があった。懐かしい筆跡に胃痛に襲われるリィトだった。
いや、もうリィトは師匠から免許皆伝を受けていて、あの理不尽に厳しい指導にさらされることは、もうないはずなのだけれど。
「マスター、大丈夫ですか? 心拍数の急激な上昇を感知しました」
「ありがとう、ナビ。問題ないよ。たぶん」
とにかく、もうリィトは自由だ。
この広大な大地で、のんびり過ごす準備は万端なのだから。
農作業を終えた花人族たちが、リィトの周りに集まってきた。
心配そうにこちらを見ている。
背丈が小さく、子どもみたいな彼らの見た目に癒やされる。
「ム……アリガト?」
「アリガト?」
「アリガト……?」
唯一知っている単語でコミュニケーションを果敢にはかるパーティーピーポーっぷり、嫌いじゃない。
「……とにかく」
リィトは、こほんと咳払いをした。
「流通経路は確保したから、どんどん作物を作ろう。種子ならたくさんあるから、好きなモノを好きなだけ」
リィトの言葉をフラウが他の花人族に伝えると、たちまちお祭り状態になる。なんか踊ってるし。やっぱりパリピだ、こいつら……と、リィトは思った。
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