第24話 猫人族と提携しようと思う。

「ウニャーーーーーーーーっ!!」

 ベリーの山と畑を前にして、商人ギルド『黄金の道』のエースは倒れた。

「す、すごすぎるニャ……赤ベリーが、こんなにたわわに……!」

「まさか、花人族の土地だとは思わなかったよ。文字通り、思わぬ収穫だ」

「ニャッホー! この品質なら、市場を制圧できるニャ! 経済戦争大勝利だニャッっ!」

「無邪気に転げ回りながら、とんでもないこと言ってるなコイツ」

「リィト氏、ここは我がギルドと専属契約を頼みたいのニャッ」

「専属契約?」

「そう! 今後もここの場所のことは、ミーとリィトの秘密の契約なのニャっ!」

 なるほど、専属契約か。卸先に困らない、というのは悪くない提案。

 ただ、リィトにも野望がある。

 薬臭いポーションにばかり、このベリーを使われてはたまらない。

「……こっちの指定する品目も一緒に買い取ってくれるなら、いいよ」

「その話、乗ったニャ!」

 びし、とミーアは決めポーズをした。

 なんだか、元気系アイドルみたいな子だな。

 猫耳がピコピコしているところはVTuberっぽいけれど。

「花人族たちが歓迎会の準備をしてくれているから、楽しみにしてて」

「ニャンと!」

「どうやら彼ら、わりとお祭り好きみたいだから」

 花人族は不作が解消されてみると、わりとパリピだった。

 朝はみんなでダンスを踊り、農作業が終わったら春ベリーのジュースで乾杯、ことあるごとにリィトとナビを巻き込んで楽しげに過ごしている。

 ギルド自治区からの客人が来るとフラウを通して伝えると、みんな大喜びで歓迎会の準備をしているのだ。

 フラウいわく、「とっても、よろこぶのが、ねこです!」とのことだった。

 ナビに「猫人族が喜ぶものがある、ということですね?」と即座に訂正していた。暇なときにはフラウに人族語講座を開いてあげているようだ。ナビもああ見えて、面倒見がいいのだ。時折、リィトも講師をさせられている。

 とにかく、商売の話はあっさりまとまった。

 作った農作物は、これで換金できる。幸先よろし。

 さて、次の課題だ。

 はしゃぎ回るミーアの横で、ふっさふさの尻尾を揺らしている長毛種の猫人族に目をやった。

 短毛のマンマとは雰囲気の異なる、気だるげなもふもふ美少女だ。

 手頃な岩に座り込んで、ふぁーあと大あくびをしている。

「ミーアの安請け合いは相変わらずにゃぁ……ふあ、長旅で疲れたにゃ……」

「えぇっと、君は?」

「にゃんと、わがはいを覚えていないとは……さすがは、注目のスタァである」

「どこかで会った?」

「うにゃ……では、ヒントですぅ。悪漢に襲われるヒロイン!」

「まったく覚えがない」

 ナビに訊ねてみると、ギルド自治区ガルトランドでチンピラに絡まれていた女の子のようだった。

 リィトは「あー……」とあの夜のことを思い出す。

 ほろ酔いで気分がよかったのもあり、ちょっと調子に乗りすぎた日だ。

「ああ……あの子か」

「にゃふふ、勇姿はしっかりと報道しておいたから感謝してほしいのだ」

「報道?」

「うむり~。わがはいは、マンマ。情報ギルド『ペンの翼』のエース記者ですぅ」

「情報ギルド……っ!」

 まずい、とリィトは思った。

 情報ギルドは、隣の夫婦喧嘩から極秘の地下遺跡情報まで、あらゆる情報を売り買いしている。

 帝都にも小さいながら支部があって、冒険者相手にいい商売をしていた。眉唾モノの情報は安く、信頼性の高い情報ほど高額。ただ、ゴシップ的な噂話については、町中にガンガンばら撒いていくスタイルだ。

 妙な噂になったら、まずい。

 ここは情報統制をしておきたい。

「ひ、ひひひ、人違いじゃないか?」

「マスター、嘘が下手ですね」

「ナビ!」

「おお、空中から美女が! めもめも」

 顕現したナビを見て、マンマがメモ帳にペンを走らせる。

 これは本格的にまずい人材が入り込んでしまった。

「ねぇ、マンマ」

「わががい、帝都からやってきた天才魔導師の情報が欲しいにゃ~♡」

「うわ、やめろ。尻尾をふるなよ、尻尾を」

「にゃ~♪ 洗いざらい話してしまうといいで・す・ぞ♡」

「くっつくなって、うわ、やめろ……もふもふの尻尾でほっぺたをなでないでくれっ……!」

「……。マスター、デレデレですね」

「やめろナビ……っ、冷たい目で見ないでくれ……っ」

 もふもふの魅力には抗いがたい。

 いやいや、ここは毅然とした態度を貫かねば。

 相手はいたいけな猫人族だ、それに有名になんてなりたくない。

 ここでまったりと、大好きな植物をいじって暮らしたいんだ。

「……報道するなら、別のことにしない?」

「うにゃ? いい情報を持っているのかにゃ」

「ああ。たしか君、これが好きだよね」

 ぽとり、と種を畑に落とす。

 よく耕された土に落ちた種は、少しの魔力であっという間に育ってくれた。

 ガルトランドの街で使った、マタタビだ。

 東の山にも自生しているようで、フラウたちはこれを集めている。

「はっ! そいつはよくないですにゃ、へろへろになっちゃう……」

「大丈夫。無理矢理、君に嗅がせたりはしないよ」

「ほ、本当かにゃ……?」

 疑わしげなマンマであった。

 そのとき。

「リィトさまっ!」

 ナイスなタイミングで、フラウが走ってきた。

 手には木を削り出した壺を抱えている。

 花人族が食料の保存に使う食器だ。春ベリーをふんだんに使った、彼らの健康を支えているベリー酒もこの壺で作られているらしい。

「ねこさんたち、よろこびます!」

 ツボから漂う匂いに、マンマが「ふにゃ……」と目を輝かせる。

 ミーアも興味津々で寄ってきた。

 花人族に、酒造の文化があってよかった。

「これ、なんだにゃ?」

 よくぞ聞いてくれました。猫人族には、効果てきめん──

「……マタタビ酒だよ」

 リィトの言葉に、マンマとミーアは「ふにゃあっ♪」と歓声をあげた。


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