第23話 新生活は順調です。
リィトの開拓ライフに誤算があった。
ナビと一緒に分析をしたところ、花人族は数人の子どもたちを育てる小さな集団を形成している。それがいくつも集まったのが、この土地に生活する花人族のコロニーのようだった。
(あれだな、プレーリードッグの生態に似てるかも)
ずっと昔、動物園の立て看板で読んだ内容を思い出す。
群れの最小単位がコテリー、それが集まってコロニー、それがさらに集まったらタウン。彼らは、わりと小規模なコロニーというところだろうか。
「それにしても、統率がとれまくってるな……!」
花人族の植物にかける情熱はすごい。
リィトが眠っている間にも、自発的にシフトを組んで畑の手入れを続けてくれたのだ。二十四時間態勢で。
結果として、土壌の改善が驚くべきスピードで進んだ。
リィトの『生長促進』の魔術で、ベリーがめきめき育っていった。
そういうわけで、思った以上の収穫が得られたのだ。
春ベリー:五〇カゴ
赤ベリー:二〇カゴ
これが、今日一日の収穫だ。
春ベリーは花人族のためのもの。
赤ベリーはリィトの商売のためのものだ。
ハイポーションの原材料で、帝国の冒険者や戦闘員系のギルドからの需要は尽きない。
ギルド自治区で一粒
二〇カゴもあれば、かなりの供給だろう。
カゴ一杯でも卒倒しそうになっていた猫人族の少女を思い出して、心臓麻痺に効くポーションの用意でもしておいたほうがいいだろうかと考える。
「まぁ、安定供給ができるなら、もっと値段は下がるだろうけどね」
「たくさん、つくれ、ました♪」
花人族のフラウが嬉しそうに笑っている。
彼女も二十四時間体制で働いているはずなのに、輝く笑顔をリィトに向けてくれる。
「うーむ、ブラックの才能がある……」
「ぶら……?」
「ごめん、なんでもないよ」
春ベリーの確保が彼らの生死に関わるから仕方ないにしても、近いうちにこのブラック勤務はやめさせないといけない。
どうやら、花人族は光合成によってエネルギーを充填できるらしい。
食事が簡素でもやっていけるのは、そういう理由みたいだ。
だが、夜の間は光合成をするわけにもいかないだろうし。
働きすぎは、絶対によくない。
「リィト、さま?」
難しい顔をしていると、フラウがリィトの顔を覗き込んでいた。
あいかわらずの美少女だ。
「それにしても、フラウはどうやって
フラウが大事に抱えている古い辞書が、彼女の教科書だろう。
けれど、完全な独学はありえない。
人族語の文字の読み方や基本的な文法などのきっかけが必要だ。
この世界、ハルモニアの識字率はあまり高くない。
リィトの感覚では読み書きがきちんとできるのは、四人にひとりくらいか。
こんな人里離れた辺境の花人族の少女に、文字と言葉を教えるなんて相当の変人だろう。
フラウの抱えている辞書を貸してもらう。
何度もページをめくって学習しているのがすぐにわかるボロボロの辞書。
ぱらぱらと中身を見ても、変わったところは見つからない。
最後に、奥付を確認すると。
「うわっ!!」
「ど、ど、どうし、ました、か?」
「……。なるほどね」
そこに記されていたのは、辞書の前の持ち主──フラウにこの辞書を授けた者のサインだった。
『偉大なる大魔女』の文字。
癖のあるトメハネには、見覚えがある。
「だ、いじょぶなのは、リィトさま、なの?」
「フラウ、心配してくれてありがとう。色々納得しただけだよ……さすが、師匠だ」
転生者であるリィトが神童、魔導師として覚醒したのには、いくつか理由がある。もちろん、リィトのやり込み資質やナビの存在などもある。
が、師匠との出会いは大きい。
誰よりも自由で、誰よりも
基本的に自由な旅人なので、ひとところに留まることを知らない。
こんな辺境で、花人族の少女に気まぐれに人族語の読み書きを教えるくらいのことはするだろう。
師匠が教えたなら、たったひとりの少女が人族語を学び続けても不思議じゃない。あれは、そういう人だから。
もちろん、師匠が去ってからも学び続けたフラウの努力に拍手である。
フラウがなにも喋れなければ、ここまで上手くことが運んだとは思えない。
というか、上手く運びすぎた。
「いっぱい、できましたっ! アリガトー!」
「うーん、作りすぎだよね?」
「そ、う、ですか?」
「うん……君たち、これ全部食べるつもり?」
「こっち、ぜんぶ、飲みます」
「うんうん」
こっち、と春ベリーを指さすフラウ。
「そっち、ぜんぶ、いりません」
次に指さした「そっち」はもちろん赤ベリーだ。
リィトが必要なのは赤ベリーだから、まさにWin-Winの関係だ。
「いや、いやいやいや。それにしたって……」
今まさに収穫できた分はさておき、目の前にはベリー畑が広がっている。
植物から収穫を得るというのは難しいもので、ちっとも見返りのない期間というのが続いたあと、もう獲れて獲れてしかたがない時期というのが来る。種類によるけれど。
ベリー類なんかは、特にその「ウハウハ期」が顕著な植物で、むしろ実をとらないでおくと、実が腐ってしまったり、栄養が未熟な実に行き渡らなくなってしまったりと、困ったことが起きる。
つまり。
これからは、この山のようなベリーが毎日収穫できてしまうのだ。
消費との勝負だ。
「春ベリー以外は、なにか作付けしたい植物はあるかい?」
「……んっと、おいも」
「芋か」
育てやすい芋は、帝国でも自治区でも人気の穀物だ。
味気ないマッシュポテトは、リィトが転生してから嫌と言うほどに食べた。モンスターとの戦争状態だったから、食糧事情が悪かったのだ。
隠居生活のついでに、美味しい食べ物を増やしたい。
品種改良には、リィトといえどもトライアンドエラーが必至なのだ。
「ゆくゆくは、ジャンクフードとかも食えるようになるといいな……」
異世界生活は悪くないが、食べ物だけはやや不満が多い。
しょっぱいか、味が薄いかの味付け。
限られた品目ばかりのメニュー。
農耕があまり発達しておらず、芋や小麦などの限られた作物ばかり育てているからだろう。
この世界で美味しい料理を食べられるようになりたい。
ギルド自治区のビールは悪くなかったし、枝豆とかあったら美味しいだろうな──それはそれとして、ベリーの処理だ。
これ、たぶんお金になる。
そして、リィトの野望の第一歩にも。
春ベリーで作った美味しいポーションの味を思い出しながら、リィトは思考を巡らせる。
作物は、作るだけではダメだ。
「赤ベリーの卸し先は決まっているから、まぁいいとして」
「り、ぃと、さま?」
きょとんとした顔でこちらを見上げるフラウ。
そのとき。
ナビが起動した。
「マスター、領域内に侵入者が」
「ん?」
「猫人族のようです、二匹」
「こらこら、匹って言わない。人権問題になるよ」
「この世界に人権という概念があるとは、ナビは驚きです」
「もう、またそういうこと言って……」
帝国の一部地域でリィトが『施しの聖者』とも呼ばれた理由は、ただただ当然に人に親切にしていただけだった。それらの振る舞いすべてが、異世界ハルモニアでは信じがたい善行として捉えられたのを思い出す。……わりと野蛮な異世界である。
「排除しますか?」
「いやいや、やめてね。ナビ」
リィトは、ナビの指さす方向を見る。
真っ平らな地平線を背にして、一台の特急走竜車が走ってくるのが見えた。
「お客さんだ、おもてなしの準備を」
「はいっ! リィトさま」
ぴしっ、と敬礼をするフラウ。間違いなく、師匠仕込みの敬礼だな……とリィトは遠い日の修行を思い出して遠い目をした。
「フラウ、村のみんなを集めてくれ」
「はいっ!」
また、ぴしっと敬礼。畑仕事をしている仲間の元に走っていった。
フラウのピンク色の髪の毛に咲く花が揺れて、いい香りがあたりに広がった。
フラウの背中を見つめながら、ナビが抑揚のない声で言う。
「マスターも、立派な村長ですね」
「……やめてくれよ。気ままな隠居生活を手伝ってもらっているだけなんだからさ」
「ナビの予想ではそれは上手くいかぬかと。マスターは、アレですので」
「だから、アレってなにさ」
猫人族二人を乗せた走竜車が、どんどん迫ってくる。
(……ん、二人?)
リィトは首をひねった。
領地に呼んだのは、商人ギルド『黄金の道』のミーアだけのはずだけれど?
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