第20話 住民を受け入れようと思う。2

 ◆


 三日後。

 リィトは村を挙げての大歓迎を受けていた。

「あ、あの……こんなご馳走食べきれないんですけど」

「アリガト! アリガト!」

「この王冠もちょっと……」

「アリガト! アリガト!」

「あと年頃らしき娘さんたちを侍らせるのもやめてください、その、あなたがた全体的に小さいので犯罪感が出てしまっているので」

「アリガト! アリガト!」

「……ダメだ、ラチがあかない」

 この集落で人族ニュートの言葉がある程度理解できるのは、フラウだけらしい。フラウが教えた「アリガト!」をひたすら繰り返してダンシングナイトを過ごしている花人族たちは、みなキラキラした尊敬の眼差しでリィトを見つめていた。

 頭を抱えて、状況を整理する。

 王か教祖か救世主かというくらいに歓待されているリィト。

 その原因は、蘇らせた春ベリーだった。


 ベンリ草で作った水道で地下水を汲み上げた。

 ちょろちょろとしか汲み上げられないけれど、いくつも水道を作れば必要な量はなんとか確保できた。

 ベンリ草はリィトの魔力さえあれば、どんな土地でも育ってくれる優れものだ。

 花人族たちが徹夜でバケツを交換してくれたおかげで、ロスもない。

 乾ききった土に、少しずつ水を含ませていく。

 痩せた土地に鉄分を与えて、肥料を与えて、蘇らせていく。

 深い経験と繊細な技術が必要なその作業を、花人族たちは完璧にやりきってくれた。それを目の当たりにして、リィトは感動していた。

 植物に対して、こんなに一生懸命な存在を自分以外には知らなかったから。

 すごい。

 正直、感服だった。

 地面に植えた春ベリーの苗(花人族たちの「宝」だそうだ)を、最後の仕上げで一気に芽吹かせたのはリィトの『生長促進』だけれど、それを可能にしたのは花人族だ。

「「「アリガトー! アリガトーッ!」」」

 最高潮の盛り上がりを見せている花人族たち。

 その手には、たわわに実った春ベリーの枝が握られている。さっそくジュースにした春ベリーで乾杯をかわしている人々が、リィトを褒め称える。

 ベリー酒もあるようだが、さすがに発酵が間に合わないらしい。

 ぐったりとしていた人たちも回復して宴に参加しているのを見て、リィトはほっと胸をなで下ろした。

 というか、意外と体育会系の飲み会ですね? いや、ノンアルだけどさ。

「アリガトーーーーッ!」

 何度目かわからない乾杯に、リィトは盃を掲げた。

「……ははは、どうしたしまして……」

「マスター、おめでとうございます」

「え? なにがだい、ナビ」

「……北大陸がモンスターの脅威を脱したのはマスターの働きによるものですが、マスターがこれほどまでに感謝の言葉を述べられているところをナビは観測しておりません」

「……うん、それはそうかも」

 胸がじんじんと温かい。

 感謝される、っていうのは悪くないみたいだ。リィトはこの土地で他人と関わらずに、ひとりでスローライフを満喫するつもりだ。

 けれど、今までリィトが接してきた「他人」と花人族の人たち──特に、リィトのそばにぴったりとくっついているフラウは違うみたいだ。

「それに、これは大収穫だよ。こっちに来てから、こんなに美味いものを食べたのは久しぶりだ」

 花人族の料理は、森でとれたものばかりを使っている菜食だけれど、味付けが絶妙だ。

 塩は最低限。

 そのかわりに、よく下ごしらえされた素材の味がよくわかる。

 ベリーのジュースも、妙な味がするポーションとは比べものにならないくらいに美味しい。

「材料さえ集まれば、美味い料理が作れそうだ」

 異世界メシマズ問題に心を痛めているリィトとしては、色々と試したいことがあるのだ。大豆が作れたら、大豆ミートのハンバーガーとか作ってみたい。

 ……しかし、それにしてもだ。

 リィトは、さっきから気になっていたことを、意を決して口にする。

 隣に座っている、花人族の少女についてだ。

「あの、フラウさん」

「ぁい?」

「あの、そんなくっつかないで……」

「……むー」

「不満を顔全体で表現しないで……」

「なあ、ナビからもなんとか言ってよ……」

「マスター。そういう『困っちゃうなぁ』という態度は、少々アレかと」

「アレってなんだよ」

「休眠モードに移行します」

「う、裏切り者……」

 そのとき。

 リィトにぴっとりくっついていたフラウが、すくっと立ち上がった。

 たたた、と駆け出す。髪の花が、咲き乱れている。

「~~っ!」

 宴会の輪にやってきた女性に、フラウが抱きついた。

 女性はとても痩せていて、フラウと同じく髪の毛にゆるく絡みつくように生えている蔓は萎れている。

 遠目から見ても震えている。泣いているんだろう。

「……そっか、なるほど」

 女性は花冠を被っていて、フラウにそっくりだった。

 フラウの母──この花人族の集落の長だ。

 彼女を助けるために、フラウはひとり奮闘していた。

「……助けてあげられて、よかったな」

 アリガトー、アリガトー、とフラウに教えられた人族の言葉を繰り返す花人族たちに囲まれて、少しだけ、ほんの少しだけほろりとしてしまうのだった。

「あ、の、」

 透き通るような声に顔を上げる。

 手に分厚い辞書を抱えている。表紙の文字を見るに、古い人族)の辞書のようだ。これで人族の言葉を勉強していたらしい。

 フラウの隣には、族長が立っていた。

 とても綺麗な女性だ。

 威厳があるし、病気から回復したばかりなのに瑞々しい美貌。

 フラウと同じ桃色の髪は腰より長く、背も高い。豪華な花冠が神々しいまである──いかにもファンタジーな美女。

 フラウがおずおずと口を開く。

「あの、そ、のぉ」

 隣に立つ母からなにか伝えられて、それをリィトにわかる言葉に直そうとしているらしい。

 通訳というやつだ。

「え、と、教えてほし、のは、あなたのお名前、なのです」

「あっ」

 しまった、とリィトは頬を掻く。

 今の今まで、名前も名乗らずにきてしまった。さすがに礼儀知らずだ。

「リィトです。リィト・リカルト」

「りぃ、と、さま!」

「いや、様はいらなくて……」

 その言葉をさえぎるように、フラウは「リィトさま、リィトさま!」とリィトを連呼した。小学生の頃に流行ったイワンの馬鹿ゲームみたいな連呼の仕方だ。ピザって十回言ってみて、みたいなアレ。

 花人族の代表として、フラウはぺこりと頭を下げた。


「りぃとさま。あなたの畑で、はたらきたいのが、わたしたちですっ!」


 やっぱりその言葉は片言だったけれど、切実さは痛いほどに伝わった。

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