第18話 花人族2

 じっと自分を見上げる少女。

 その手に抱えている、春ベリーの苗にリィトは目を留めた。

「ん?」

 ハート型の葉っぱがキュートな春ベリーの苗。

 しおしおと元気のない葉っぱは、緑色が薄くて黄ばんでいる。さらには葉のところどころが赤黒く変色している。

 病気だ。

 植物の病気はやっかいだ。

 しかも、植物を育てるのに長けている花人族の少女が手を焼いているということはやっかいの中でもやっかいなものなのかも。

 震えている花人族の少女を怖がらせないようにしながらも、リィトは興味津々で苗に手を伸ばす。

「……もしかして、その苗が上手に育たないんじゃない」

「あ、あの……あっ」

 あわわ、と震える少女。

 まともに言葉を喋れていない。

 ナビが無機質な声でナビゲーションをしてくれる。

「花人族は開拓された土地には住まないため、人族(ニュート)の言語を理解しないというのが定説です」

「ふむ」

 少女は大切そうに苗を抱いている。

 他人の畑に勝手に苗を植えるほど、この苗を育てなくてはいけない理由があるらしい。

「安心して、大丈夫」

 リィトの言葉に、花人族の少女の表情が緩む。

「……君、名前は?」

「ふ、らう」

「フラウ?」

 こくこく、と花人族の少女はヘドバンかってほどに激しく頷く。

「そ、そう、です! フラウ、が、名まえの、フラウなのですっ!」

 ものすごいカタコトだった。

 言葉が通じるのが嬉しくて仕方がない、という様子だ。

 どうやら簡単な言葉がわかるようだし、意思疎通はできるみたいだ。

「僕の専門は植物魔導だよ。それに元宮廷魔導師で──」

 肩書きで相手を安心させられるなら、安いものだ。

 人の噂が立つような人もいない荒れ地だしね。

 けれど、少女はきょとんとしてクビを傾げている。

「……?」

 ほほう、とリィトは唸った。

 この子には宮廷魔導師というものに関してなんの知識もないらしい。この分だと、侵略の英雄の噂だって当然知らないだろう。

 リィトは一気に少女に心を開いた。

 この子は絶対にのんびり隠居生活を送るのに脅威にはならない。

 と、同時に。

 リィトは春ベリーの病状を理解した。

「この苗の病気、僕なら治せるよ」

「……あ、え?」

 少女の目が、輝いた。


 ◆


 畑に戻って、春ベリーの前にしゃがみ込む。

 リィトの隣には、ちんまりと花人族の少女フラウが座り込んでいる。

「水切れと鉄欠乏。ベリー類、とにかく春ベリーは鉄分を食う植物だからね」

 リィトは説明をしながら、持ち歩いている鉄粉を畑に蒔いた。

 昨日は土をほぐしただけなので、土壌の性質までは気にしていなかった。

「鉄粉を土に撒くのは、その場しのぎだけどね。君の苗を育てるだけなら問題ないだろう」

「……は、い」

 こくこく、とリィトの言葉に頷くフラウ。

 言っていること、わかっているのだろうか。

 リィトは作業を進めながら、この少女との距離感を測りかねていた。

 期待に満ちたキラキラの視線が、ほっぺたに突き刺さっている。

 う、うわ、か、か、かわい──

「マスター、困っていますか?」

「僕が植物のことで困るとかありえない」

「無自覚ですか。アレすぎます」

 春ベリーへの処置は、手早く終わった。

 昨日から出しっぱなしだった地下水をたっぷりとやった。あまり一気に水をやるのはいただけない。根腐れを起こさないように、注意が必要だ。

「──『植物治癒つやつや』。すこやかに治れ」

 リィトは春ベリーに手をかざす。

 生命欲を活性化する癒やしの力だ。効果は植物限定だけれど。

「まぁ、植物自身の治癒力を応援してやる程度だけど。病気の原因をきちんと取り除いてやらなくちゃいけないし」

 万能の治癒力なわけではないが、この世界ではリィトしか使えないオリジナルの魔導だ。

 ほとんどの魔導師は生涯をかけてオリジナルの魔術を開発することを目標にしているわけなので、規格外の力ではあるのだが。

 まったく、誰も植物に興味を示さないなんて信じられない。

 幼い頃、神童と呼ばれていたリィトを鍛えに鍛えてくれた師匠ですら、始めは「は? 植物ぅ?」とコンビニ前でガンつけてくる不良みたいな表情で首を斜め四十五度に傾げていたものだ。

 ……あの日々を思い出すだけで、ちょっと胃が痛い。楽しかったけど。

 そんな思い出に浸りながら『植物治癒』を続けていると、春ベリーが応えてくれた。

 葉っぱの茶色く枯れた部分がなくなり、全体的にツヤが出てきたのだ。

「……お、来たね」

「あっ! あぁっ!」

 フラウが、身を乗り出して声をあげた。

 春ベリーが蘇(よみがえ)っていく。

 ぱちぱち、と手を叩いて喜ぶフラウの髪の花に異変が起きた。

「え? ……えぇっ!?」

 大きな花がひとつ咲いていた蔓のつぼみが、次々に開花したのだ。

 色とりどりの花が、フラウの髪に咲き乱れる。

 嬉しいと、花が咲くのか。

 初めて目にする花人族の生態に、リィトは感嘆した。

 植物好きのリィトにとって、文献で読んでいた花人族というのは興味深い存在である。うわ、見たことのない花が咲いてる!

 みるみる艶々になった春ベリーの葉っぱに、ぽたりと雫が滴る。

 ──フラウの涙だった。

「あ、りがと……ありがと、ございます!」

「へ?」

 ぎゅうっと、リィトは温かい体温と優しい香りを感じた。フラウだ。力一杯、リィトにぎゅうぎゅうと抱きついてきている。

「フラウのマスターへの好意が上がりました」

「ナビ、休眠オフ

 ふわ、とナビが空中にかき消える。

 涙をこぼしながら「ありがと、ございます」と繰り返すフラウを、リィトは抱きしめ返す──セクハラとか言われないよね、大丈夫だよね。

 彼女を抱きしめないという選択肢はなかった。

 だって、こんなに震えている。

「……春ベリー、すぐに収穫できるようになるよ」

「う、うぅ、あり、がとっ」

 ぽろぽろと泣いているフラウ。

「ねぇ、フラウ。君、もしかして……病人を助けたいんじゃない?」

「……っ!」

 驚きと尊敬の視線。

「退屈」とか「駄作」とかいう不名誉な花言葉がつけられるくらい、育てるのも簡単なベリー。ジュースの原料にしかならない春ベリーだが、この世界のベリー類なので治癒効果がある。けれども、とても限定的な治癒効果だ。

 春ベリー、──それは植物を癒やす植物だ。

 半分が植物である花人族も春ベリーを治療薬として使っているはず。

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