第17話 花人族1

 翌朝。

 謎の種子Xの鉢植えには(当たり前だが)なにも変化がないことを確認してから畑に出た。

 家の前の小さな畑で、リィトは首をひねった。

「あれ?」

 畑の一角には、リンゴの木。小さくて赤くて酸っぱいリンゴが生っている。

 不可解なのが、その隣だ。

「……んー? こんなの生えてたか?」

 畑の一角に、見慣れない草が生えている。

 しおしおと萎れているが、なにかの野菜か薬草だろうか。

 葉っぱがハート型で、可愛らしい。

「ふむ、見たところベリー系の植物かな?」

 ポーションの原料になるベリー系の植物は、用途やランクによって実の色が異なる。けれど、葉っぱはすべて同じような見た目をしているため、見分けるのが難しい。ちまたには、苗木鑑別師という職業があるほどだ。

 リィトの見立てでは、おそらくは桃色の実が特徴の、春ベリーだろうか。ラズベリーにそっくりのお味がするので、リィトはけっこう気に入っている。『ラズベリーにそっくりで賞』をあげたい。

「まぁ、回復効果はそれほどでもないんだけどね」

 軍隊やモンスターと戦う冒険者御用達の回復薬ポーションの原料といえば、赤ベリーや青ベリー、そして超貴重種の金色ベリーなどだ。

 それに比べると、春ベリーは回復効果に乏しい。ポーションにしても人体への効果は期待できず、酸っぱいジュースにしかならない。

「こんなもの、誰が植えたんだろう?」

 昨日はこんなのなかったし、たった一晩でこんなに育つはずはない。

 謎だ。謎の草だ。

 キョロキョロと周囲を見回してみる。

 ふと、視界の隅でなにかが動いた。

 小さな人影が、昨日リィトが激突しそうになった大岩の影に隠れたのが見えた。というか、小さな足音も聞こえた。

「え、人……?」

 東の山と、荒れた土地。

 それくらいしかない場所で、人がいる。

 ……心霊現象?

「え、やだやだ怖いんですけど!?」

 おばけだったらどうしよう。

 そういうのは苦手なのだ。

 でも、ただ草を植えてるだけの幽霊ってなんだ?

 畑を守るのは、リィトしかいない。

 おっかなびっくり、岩に近づく。

「だ、誰だい? そこにいるのはわかってるんだぞ、手荒なまねはしたくないんだ」

 殲滅戦を得意としていたリィトは力の加減が苦手だ。

 ガルトランドでチンピラを相手にしたときには、不意打ちで眠らせることができたからよかったけれど……真っ向から対決、しかも、植物魔導を使うとなると相手が無事で済むかどうかはわからない。とはいえ、リィト本体の戦闘力となると、だいぶ不安があるし。

「僕の畑に春ベリーを植えただろ? 勝手に畑に変なものを植えないでほしいんだけど……って、言葉通じるかい?」

 もしも、モンスターの類だとしたら例外的に知能の高い種類でなければ言葉による意思疎通は難しい。

 どうしたものか、と思いながら大岩に向かって杖を構えていると、蚊の鳴くような声がした。

「……う、あ、」

 鈴の転がるような、というにはあまりにか細い声。

 でも、確実に女の子の声だ。

「返事をしろ。人の畑に勝手に手を入れるのは……」

 おそるおそる、一歩足を踏み出した。

 岩陰には大きな花が咲いていて──、

「あ、うあ、こ……こわい、ひと……ですか?」

 その花が、振り向いた。

 振り向いて、喋った。

「え……女の子?」

 岩陰にへたり込んでいたのは、女の子だった。

 ピンク色の髪。

 花だと思ったのは、髪飾りだった。

 いや、違う。

「……髪に、花が咲いてる?」

 ピンク色の髪をゆるく編み込んでいるのは、植物の蔓だ。

 大ぶりの花が白く咲いている。

 髪飾りではなくて、本物の花だ。

 めちゃくちゃ、可愛い。

 花のように可憐な少女、という陳腐な比喩を受肉させたみたいなコテコテの美少女である。

「……ナビ、起きて」

 リィトが呼びかけると、空中にふわりと白い人工精霊ナビが出現する。

「──再起動完了おはようございます

 その様子に、花みたいな美少女はぱちくりと大きな目を瞬かせる。若草色の瞳が特徴的だ。

 ピンク色の髪、葉っぱの色の瞳。

 ほぼ間違いないだろうけれど、一応。

「鑑定を頼むよ……この子の種族を教えて」

「了解しました、マスター」

 ナビは間髪入れずに、魔力による鑑定を開始する。

 頼れる相棒のはじき出した鑑定結果は、リィトが思っていた通りのものだった。

「──推定年齢は人族ニュートに換算して十四才。身長、体重、スリーサイズは乙女の秘匿事項とします。種族は──花人族フローラと断定します」

「花人族!」

 この世界には、人族ニュートと呼ばれるいわゆる人間の他にもたくさんの種族がいる。ちょっとずつ、見た目に特徴があるのだ。

 猫人族や犬人族などは、帝都でもギルド自治区でも街中でよく見かける。

 けれど、花人族。

 開拓が進んだ土地では、姿を見ることがない。

 帝国がモンスターたちと長らく戦いを繰り広げていた北大陸では、リィトが知る限りはまったく目撃例がなかった。

 自然に生き植物を育むのに長けた、花人族。

 文献や伝聞では知っていたけれど、実在するとは驚きだ。

「そこの素敵なお嬢さん、最高だよ!」

「え、は、は、い……えっと……?」

「マスター。花人族からマスターへの警戒レベルが上がりました。少々行動がアレがアレで極めてアレなのでは」

「アレってなんだよ、アレって!」

「秘匿事項です。マスターの名誉に関わりますので」

「名誉毀損で訴えてやるぞ」

 リィトとナビが軽口をたたき合っていると、ふるふると震えている花人族の少女がリィトを上目遣いで見つめる。

「あ、こ、こわいこと、する、ますか……?」

 たどたどしい舌っ足らずの声で必死に話し掛けてくる少女の手には、春ベリーの苗が握られている。

 間違いない、畑を荒らしたのはこの子のようだ。いや、荒らしたといっても畑に作物を植えたわけで。むしろ、お手伝いだろうか。


 ──リィトは少女に向き直る。

 ──きみの名前は?

 ──他に花人族はいる?


 どうして春ベリーを勝手に植えたの?

 色々と聞きたいことがあるけれど、まずやるべきことはひとつ。

「……キミ、大丈夫?」

 リィトは少女に手をさしのべた。

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