第15話 新天地1

 ◆


 ナビの簡易マッピングでちょっとした地図を作成した。

 久々にリィトの役に立って満足したナビは、また休眠モードになってくれた。人工精霊タルパは主人の意思と連動している。呼び出せば起動し、そうでなければ休眠しているのが基本だ。

「さて、と」

 地図とペンを片手に、周囲を歩く。

 細かいところは修正が必要なのも、リィト好みだ。

「平地はここだけで、あとは雑木林や山地か……川の様子を見ると、たぶん泉は山の中に湧いてるんだろうなぁ」

 今回買い取った土地は、東に山がある。南には深い森、西には断崖絶壁と荒れた海。北部だけは平地が開けているので曖昧だが、それらがリィトの土地の境界線ということになっている。

「ま、近くに誰も住んでいないけどルールは守っておいたほうがいいからね」

 土地を勝手に使うのは、当然よろしくない。

 悪目立ちすることは避けたいし、そもそも買った土地だけでも広大だ。焦って権利のない土地まで手を伸ばす必要もない。

「せっかくだし、少し山登りでもしようかな」

 むこうに見える、東の山。

 山肌にはある程度木々が茂っているようだし、もっと近くに寄れば土地の状況も少しはマシだろう。地図上では確認できる川がないのが気になるところだから、水場を探しておきたい。

 植物魔導で土質改善をすることもできるが、なんでもかんでも魔法頼みじゃ芸がない。

 テントを畳んで、リィトは歩き出す。

 牛車もない徒歩での移動は、久々のことだ。


 ◆


 数時間後。

 歩いても歩いてもたどり着かない東の山に、ちょっと心が折れそうだった。

 道中はなだらかな丘がずっと続いていて、登り坂だったのもキツい。

「はぁ……はぁ……」

 やばい、死にそう。

 植物魔導で作り出した、いい感じの棒というか、杖というかにもたれかかって大きく息をつく。余談だが、こういった冒険にはいい感じの棒が必要だ。

『ここからここまで、俺の陣地!』

 とか、そういう楽しいやり取りには欠かせない。まぁ、ナビに言ってみたところ無視されてしまったけれど。

 いい感じの棒は、本当であれば拾うのがベストだが、この土地にある枯れ枝はどれも脆くて、冒険の相棒としてはちょっと頼りなさ過ぎた。

 歩きに歩いて、東の山は、目の前だ。

 いや、ずいぶん前から体感としては目の前だった。

 歩いても歩いても、麓までたどり着かない。

 開けた平原と山の大きさのせいで距離感がバグっていたらしい。ふ、不覚。

「くぅ……きっついぞ……」

 さらには、先ほどからずっとなだらかな登り坂が続いている。

 この丘を超えれば、山の麓まではもうすぐだろう。

「ま、魔導で……全部やったら……つまらないし……」

 こういう苦労も楽しみのうち。

 そう言い聞かせる。

 ……いや、違うだろ。

 リィトは思い直す。

 ちょっとしたやり込みゲーマーだった前世でも、『やり込み』には時間をかけてもマップ上の移動に労力を費やしただろうか? いや、ない!(反語)

 折しも、自力で丘のてっぺんまで登りきったところだ。

「よし……やるか」

 ツル科の植物の種子を革袋から取り出して、足もとに蒔く。

「──すくすくと育て」

〈生長促進〉の魔術によって、すぐに蔦が伸びていく。

 伸びた蔦が種子を運び、運んだ先でまた芽吹いて育つ。

 太いツルが二本、緩やかに蛇行しながら丘の下まで伸びていく。

 二本のツルを繋ぐ枝が、等間隔に茂る。

 ──そう、レールだ。

「あとはトロッコだな」

 足もとに蒔いた種子に手をかざす。

 もう一度、〈生長促進〉。

 ツルは育って絡み合い、リィトの思い描いた通りのトロッコに姿を変えていく。まるで、なにもない空間からトロッコが出現したように見えるだろう。

 この世界にはありふれた植物だが、何世代もかけてリィトが品種改良を施したものだ。リィトの魔力と相性がよく、植物魔導の基礎である〈生長促進〉だけで様々なことができるようになった。

 ベンリ草。

 リィトは、この可愛いツル科の植物にそう名付けていた。

 センスとか知らない。わかりやすいのが最高。

 とにかく、レールとトロッコ作りなど朝飯前なのだ。

「……よぅし、仕掛けは流々だ」

 出来上がったトロッコに乗り込む。

 真円に育ったツルは、レールとしっかりと噛み合った。

 あとは仕上げをご覧じろ、だ。

 トロッコに荷物を載せて、ぐっと押す。

 丘のてっぺんから、トロッコはゆっくりと動き出す。

 車輪が充分に回転し始めたところで、リィトは自分もトロッコに乗り込んだ。ガルトランドの服飾ギルドで買った服は、機能性にも優れているらしい。

「いっけぇ~!」

 傾斜によってぐいぐいと加速していくトロッコ。

 普通の車体ではなく、あちこちから枝や葉っぱが飛び出しているベンリ草トロッコだ。少しの不安はあるけれど、一応はリィトの魔導でブレーキはかけられる。

 もちろん、速度を操る魔導なんて使えないから、太めの枝で車輪を挟み込んで抵抗をつけて減速させる仕組みだけれど。いわゆる、ディスクブレーキというやつ。

「おお、おお~!」

 走る、走るぞ。

 自作のトロッコで、風を切って斜面を走り下りていく。

「ひゃっほーぅ!」

 これは、最高だ。

 ジェットコースター的な楽しさがある。

 もしかしたら、動力さえどうにかなれば、下りだけではなく登りもどうにかなるかも。そうなれば異世界に列車が開通か……面白いかもしれない。

 この世界〈ハルモニア〉は、動物と荷車に移動が頼りきりだ。

 旅もそうだし、輸送もそう。

 こないだの戦では、モンスターどもに奇襲をかけるためにレア属性の氷魔導師を集めてソリで高速移動をする作戦をとったこともあった。

 でも、それは一度きりの奇策として忘れ去られている。

 魔導という技術を限られた人間、つまり魔導師たちが抱え込んでいるせいで、まったくもって世の中はつまらない。人々はアクセク働くばかりである。

 そんなことを考えていたときに、ふと思った。

「……これ、ちゃんと止まるか?」

 一応、ブレーキは取り付けてある。

 だが、思ったよりもスピードが出てしまっている。

 まずい、これはまずい。

「うわっ!」

 最初に構築したレールが途切れる。

 トロッコは爆速で直進した。暴走トロッコである。

 平野を爆走するトロッコの上で、リィトは腕組みをした。

「絶対まずいよな、これ、絶対まずい……!」

 進む先には、巨大な岩。

 この速度でつっ込めば、ただでは済まない。

 手持ちの草花の種子をすべて使ってもふもふのクッションを作ることはできるだろうが、種子の無駄遣いがすぎる。

 なにもないところから種子を生み出すことはリィトの植物魔導でもできないのだ。種子の仕入れにガルトランドまで戻るのも手間だ。種子を使うのは、できれば最終手段にしておきたい。

「ぶ、ブレーキ……!」

 車輪を強く挟み込む。

 急ブレーキをかければスリップの危険はあるけれど、岩に激突するよりはダメージが少ないと思う。

 一応は、高級ポーションの素である赤ベリーも少し持っているしね。

 ガガガガ、と耳障りな音とともに車輪を挟み込んだ枝がきしむ。

 なんだか焦げ臭い匂いがする。

 摩擦で枝や車輪が過熱されているようだ。

 白い煙も上がってきた。

 いきなり燃え上がることはないだろうけれど、これはまずい。

「けほっけほっ! と、止まってくれ……って、あぁ!?」

 車輪が小石に乗り上げた、ガコンという衝撃。

 空高く投げ出されるリィトの身体と荷物。

「う、うわあああーっ!」

 まずい。

 このまま地面に叩きつけられたら、大怪我するぞ。

 リィトはポシェットから種子を取り出し、落下地点に投げつける。

 最終手段だ、しかたがない。命あっての物種である。

「すくすくと育て!」

 投げ出したのは、花の種子。

 ナノハナ。

 コスモス。

 オミナエシ。

 ローズマリーに、ヤマツツジ。

 その他、諸々。

 前世ではそんな風に呼ばれていた、色とりどりの花の種子だ。

 趣味で栽培していた花々を、一気に開花させる。

 柔らかい下草と低木の若草と花が、リィトの身体を受け止めた。

「……ぷはっ!」

 花のクッションから顔を出す。

 東の山が目の前に広がっていた。

 さきほどの荒野よりは柔らかい土。

 水を含んだ土の匂いがする。

 大の字に寝転がる。空が、青い。

「……ふふ、あっはは」

 いやぁ、本当に楽しいなぁ。

 種子の多くを使ってしまったが、まぁ、また集めればいい。

 振り出しからのスタートというのも、悪くないじゃないか。

 そんなことを思いながら、リィトは空を眺めて上機嫌だった。

 ──投げ出された荷物が、ほとんど壊れていることに気がつくまでは。



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