第14話 人工精霊タルパ

 翌朝。

 テントに朝露がついているのか、ひんやりとした空気にリィトは覚醒した。

 いや。

 寒いのは朝露のせいだけではない。

 とてつもなく冷たい視線を感じて、リィトはゆっくりと瞼を開けた。

 リィトの体に馬乗りになって、じぃっとリィトの顔を見つめている無表情な美女。透き通るような白い髪に、紅玉色の瞳。

 年齢はリィトよりもわずかに年上、といったところだろうか。

 聡明そうな顔つきに、氷の美貌。よく通る、抑揚の希薄な声。

 手足はすらりと長く、これまた白い服を着ている。

 この世界から薄皮一枚とちょっと浮いている。なぜってその輪郭はわずかに、ホログラムというかピクセルっぽい虹色の四角に揺らいでいる。

 人工精霊タルパ

 名はナビ。

 転生者として過ごしている中で、ひょんなことから生成してしまったリィトの守護者だ。いや、保護者というか、なんというか。

 とにかく、とても便利で、

「……我が主人リィト・リカルト、起床を要求します。ナビが寂しいので」

 とても、口うるさい。

 人工精霊は失われた古代魔導の奥義で、帝国では半自律式魔力生命体とか名付けられたはずだ。まだ存在自体が極秘扱い。

 モンスターが湧き出てくる地下遺跡ダンジョンに潜入した際に偶発的に発見された技術だ。

 数体の人工精霊が宮廷魔導師によって捕獲され、トップの魔導師たちによって実験的に使役されている。もっとも使役といっても命令されて動く雑用人形程度だけれど。

 だがナビは自律型の人工精霊タルパだ。自分の意思で動く。

 特別製──色々あってリィトが一から創り上げた人工精霊(タルパ)だ。

 今のところは人工精霊はリィトにしか作れないが、研究成果を根こそぎ帝都に置いてきた今となっては、他の魔導師が再現する可能性もなくはない。まぁ、相当に時間はかかるだろうけれど。

 人工精霊にとって主人の命令は絶対だ。

 前世でいえば、「Hey,si○i!」と呼びかければアプリを起動したり明日の天気を教えてくれたり、ちょっと小洒落たやり取りをスクショさせてくれたりする存在のようだ。

 けれど、ナビは少し違う。

「マスター、返答を要求します。寝過ぎて脳みそ腐りましたか」

 ひとりの、人格ある精霊だ。

 リィトがそうあってほしいと考えて、そう作ったから。

「おはよう、ナビ。久しぶりだね」

「笑顔で誤魔化すおつもりなのですね、マスター」

 だからちょっと口も悪いし、寝起きの主人のほっぺたに

けっこうな強さでグリグリと人差し指アタックをかましたりもする。

「おーきーろーでーすー」

「な、ナビ。わかった、起きてるから」

 痛い、だいぶ痛い。

 ナビが無表情な、けれど明らかに非難する視線でリィトを見下ろす。

「起動リクエストが長期間なかったため、ナビは緊急モードにて顕現いたしました。マスター、なにがあったのですか」

「なにが、かぁ……」

 リィトはもごもごと誤魔化した。

 相手も意思ある精霊だ。悪いとは思っているのだけれど──やっぱり、上手く丸め込みたいところだった。

 ナビはこう見えて、リィト過激派。

 本人がなかば望んでいたことであっても、宮廷を追放されたなんて知れば三ヶ月くらいはノンストップで帝国と同僚を罵り続けただろう。

 義憤に駆られてのこととはいえ、リィトを思ってのこととはいえ。

 正直ちょっと面倒くさいので、帝都を完全に離れるまではナビを休眠モードにしていたわけだけれど。

(起動を完全に忘れてたとか言えない……!)

 じーっと穴があくほど見つめられると、罪悪感がすごい。

 見ないで。

 そんな、穴があくほど見ないで。

「……マスター。あなたがナビの力をなるべく使わずに過ごしたいという考えなのは理解しています」

「うん」

「しかし、マスターに求められないとナビは悲しく思います」

「うん……ごめん」

「人工精霊は自律駆動をする道具です。道具なのです、マスター」

 ナビは「道具です」と念押しした。


「──道具は、使われないと寂しいのですよ」


 声に少しだけ感情が滲んでいる。

 リィトは素直に頭を下げた。

 それなりの期間一緒に過ごしてきたナビのことを道具だとは思っていないけれど、ナビの言葉を否定するのもちょっと違う。

 正直に、今に至るまでの経緯を伝えた。

 かなりマイルドに伝えた結果、ナビが帝国や同僚たちを口汚く罵るターンは一時間ほどで収まった。かなりの戦果だ。ただし、その内容はとてもではないが人に聞かせられないものだった。

「……完了ふう、スッキリしました」

「スッキリとかするんだ、道具なのに」

「マスター、なにか?」

「なんでもありません」

「……頼みますよ、マスター。ただでさえ、道具に疑似人格を与えている時点でちょっとアレでアレなのですから」

「アレって言うなよ! せっかくちょっとしんみりしてたのに!」

 リィトがツッコミをいれると、ナビは少しだけ嬉しそうに微笑んだ気がした。

「──ご下命を。マスター」


 人工精霊(タルパ)、ナビ。

 ナビゲーターのナビだ。


 リィトが転生者としてこの世界〈ハルモニア〉にやってきたときに、自分にだけ聞こえる声があることに気がついた。

 いわゆる、ゲームのナビゲーター的なシステムメッセージ。

 植物魔導にのめり込む前のリィトにとって、ちょっとした鑑定や索敵、マッピングなどをこなしてくれるその声は相棒のようなものだった。

 リィトは転生してから、ナビの存在を隠し続けていた。

 見せびらかすようなものでもないし、悪目立ちもしたくない。そもそも、ナビの存在は他の人には認識できなかったのだ。

 それに、なにより。

 なんでもかんでも、上手くいったらつまらない。

 試行錯誤が楽しい。

 ナビの声は転生したときから聞こえていた。

 始めは、ただの音声ナビゲーションだった。

 ある日、リィトは音声に話し掛けてみることにした。

 たしか、朝食が美味しかったとか、天気がいいとか、そんなことを。

 少し戸惑ってから、音声はリィトに返事をした。

 それから、リィトと音声の間に不思議な友情が育まれていった。

 ──ある地下遺跡(ダンジョン)の隠し部屋に、人工精霊(タルパ)を生成する古代魔法が隠されていた。

 リィトはその魔法を使って、ずっと自分に寄り添ってきてくれた音声に精霊としての体を与え、ナビと名前を付けた。

 ──便利なナビゲーションではなくて、気の置けない相棒になってほしかったから。

 そうして生まれたのが人工精霊、ナビ。

 自分を道具だと言い張るくせに、寝ぼけ眼のリィトを勝手に叩き起こしてドヤ顔をしている愉快な相棒だ。

 気が乗らなければリィトの頼みも普通に断る人工精霊(タルパ)に、リィトは久々に、頼み事をした。

「マッピングを起動、頼んだよ」

「了承。マスター

を中心とした半円状の地形測量を開始します──」

 誇らしそうに嬉しそうに、魔導を起動するナビ。

 今日は機嫌がよさそうだ。

 やっぱり、ナビはただの道具なんかではない。


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