第13話 ここをキャンプ地にしようと思う。
ギルド自治区ガルトランドから、鈍行の馬車で一週間。
のんびりした旅の果てに、リィトは購入した土地にたどり着いた。
上南大陸の境目にあるギルド自治区ガルトランド。
南大陸は、ガルトランドを中心に開拓が進められている真っ最中だ。
リィトの購入した土地は、一応は開拓されてガルトランド所有になってはいるけれど、ほとんど未開の地といった様子らしい。
ここまでの道中、めぼしい遺跡や狩り場の近くには街や集落もあったけれど、このあたりには人っ子ひとり見当たらない。もはや、陸の無人島といった感じだ。
ひとつ、平地が確保されていること。
二つ、敷地内に川が流れているか泉が湧いているか……とにかく水場があること。
そして、三つ目は──それなりの荒れ地であること。
リィトの示した条件のうち、ひとつ目と三つ目はしっかりクリアしているようだ。
しかし。
書面上では、それなりには植物が自生している土地だとあったのだけれど、実際にリィトの目の前に広がっている光景は違った。
「……思っていた以上に荒れ果ててる」
荒れ地だ。
大地はひび割れ、地面からぴょんと生えた草は枯れている。
雑木林があるけれど、まったく生気がない。
一応、地図上では大きめの泉がありそこから川が流れているはずだが、視界に入る範囲では確認できなかった。
そこそこ広い面積の土地を買ったので、それは仕方ないけれど。
「これって、こんな……」
リィトは震えた。
書面上でも、あまり豊かな土地ではないと思っていた。
けれど、予想以上だ。こんな酷い荒れ地だなんて──、
「最っっっ高だーっ!」
晴天に拳を突き上げる。
やった、やったぞ! 最高のシチュエーションだ!
何度も叫んで、飛び跳ねた。
リィト・リカルトは燃えていた。
すごい、やったぞ、最高だ。
見渡す限りの荒れ地から、自分だけの理想の土地を作り上げられるんだ。
乾燥した土地もあれば、書面が正しければ湿地もあるはずだ。
たったひとりしかいない開拓隊だから、一気にはできないけれど──やることは山積み、やりたいことはてんこ盛り。
「すごい、こんなワクワクするのなんて……いつぶりだろう……っ」
リィトは思わず、目を閉じる。
こんなに気持ちが震えるのは、この世界に転生してきたとき以来かもしれない。植物魔導適性という能力のおかげで、たくさん楽しいことはあった。リィトの性分にぴったりの植物魔導を突き詰めて、めちゃくちゃ強くなってしまった。反面、そのせいで時間が経つにつれてリィトには選択の余地がなくなっていってしまったのだ。
けれど。
今は、自由(荒れ地)が目の前に広がっている。
「ふふ、ふふふっ」
リィトは背負っていたバッグを地面に下ろす。
色々と買い込んできた種子と苗を取り出した。
野営用のテントと煮炊きのための道具も一式揃っている。
「……お前は、もう少しだけ待っててくれよ」
小さな瓶に入れられた、青く光る不思議な種子。
帝都にいれば大図書館で調べることもできたはずだが、この土地ならば実際にこの種子を育てることができる。
どちらが面白いかなんて、明白だ。
テントの設営、開始。
汗水垂らして、悪戦苦闘。
寝泊まりのできるキャンプが完成する頃には、すっかり日が暮れていた。
「うーむ、結局ちょっと魔法でどうにかしてしまった」
テントを支えるポールがどうしても立てられなかったので、持ってきた種を〈生長促進〉で育ててポール代わりにした。
テントを夜露や突然の雨から守ってくれる天蓋、いわゆるタープがないのも不安だったので乾いた土地でも育つ木の種子を蒔いて茂らせてしまった。
西の地平線が薄紫色に染まり、もうすぐ夜が来る。
薪にするのに適した木を一瞬で育てて、切り倒す。
切ったばかりの水分が多い木材は焚き火には適さないので、〈生命枯死〉で少し乾かそうと思ったのだが──
「あれ、おかしいな」
上手に乾燥せずに、薪のほとんどがカラカラになって朽ち果ててしまう。
枯葉と枯れ枝はたくさんできたけれど、火を付ければすぐに燃え尽きてしまうからゆっくり焚き火をすることはできない。
「ふむ、雑木林で拾ってくるしかないかぁ」
そもそも、枯死と乾燥は違うのだ。
時間をかけてゆっくりと乾かすのが、長く燃える薪を作るコツなのだろう。
最初の夜から、ちょっとした課題発見。
いいね、面白い。
メモ帳に「薪作り研究」と書いた。
メモ帳といってもガルトランドの市場で鉄貨一枚で投げ売りされていた紙の束を束ねたものだ。むしろこういうハンドメイドがいいのだ。
メモ帳には「謎の種、育てる」とか「ログハウス作り」とか色々と書いてある。やりたいことメモをじっと眺めてしばらく考える。
うん、全部楽しそうだ。
でも、本当にやるべきことは。
──好きなことをして、楽しく自由に暮らす!
リストの一番上に、大きく書いた。
よしよし、これでいい。
やり込みがいのある毎日の始まりだ。
少し離れた場所に立ち枯れた木を数本見つけたので、そこにブドウの種子を蒔いた。ブドウのツルが枯れ木に巻き付いて見事な棚を形成する。
乾いた土地で育てるのに適しているフルーツだ。今夜の夕食にしよう。
ぷちん、と瑞々しく弾けるブドウの実を噛みしめて空を見上げる。
ここはリィト独りしかいない、リィトだけの領地。
「ここが僕のキャンプ地だ!」
都会では見られない満天の星空に、リィトの声が響いた。
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