第10話 土地を買おうと思う。2

 ◆


「うーん。とはいえ、どうしたものかなぁ」

 リィトは街中を歩き回りながら考える。

 手数料と登録料で、数百万円相当が必要らしい。

 時間をかければ稼げなくはない金額だ。

 帝国で冒険者をしていたときには、国から発注されるクエストをこなして賞金を得ていた。危険で難易度の高いモンスター討伐などは金貨五百枚から千枚ほどの成功報酬を得ることができた。

 だが、そんなクエストは年に数本出るかどうかだし、北大陸では新たにモンスターは出現しない状況になっている。対魔百年戦争は帝国の勝利に終わったのだ。

「となると、経済活動になるけど……」

 なるべく、高く売れるものが必要だ。

 リィトにできるのは、植物を育てること。

 農作物はあまりに作りすぎれば価値が暴落する。たくさんあっても、人間が食べられる量には限りがあるからだ。

 ならば加工品の材料で、保存が利くものがいい。

 なるべく単価の高いものであれば、さらに好ましい。

「まずは、市場調査かなぁ」

 街角の貼り紙いわく、ちょうど商人ギルドの主催する大型バザールが開かれているらしい。

 なにかヒントがあるかもしれない。


「おお、これはすごい!」

 バザールは大賑わいだった。

 客寄せの威勢のいい口上や値切り交渉をする軽妙なやりとりがあちこちから聞こえてくる。

 きょろきょろとしているリィトに声をかけてくる商人がいた。

「へい、らっしゃーい! ミーのお店によっていくニャーッ!」

「わっ、えっと」

 猫人族だった。

 やばい、もしかしたら昨晩の子か?

 そう思ったが、どうやら別猫人べつじんのようだった。昨日の子はふわふわの白い髪と毛足の長い尻尾が印象的だった。

 目の前で耳をぴこぴこさせているのは、赤毛で毛足が短い尻尾を持っている。

「ミーの名前はミーア。商人ギルド『黄金の道』で一番の商人ニャーッ」

「へぇ、やり手なんだ」

「もっちろん! 見るニャ、この品揃え!」

 ずらりと並んでいるのは、色とりどりの硝子瓶。

 効果効能と値段が書かれたポップが、わかりやすくてお洒落だ。

 売り子をしているミーアの元気なキャラクターとも、よくマッチしている。

「これ、全部ポーションかい?」

「そうニャ! 最近は品薄続きのポーションも、ミーの店ならちゃーんと手に入るのニャ!」

「え、品薄?」

「市販ポーションの最上位、『ハイポーション』が全然手に入らないのニャ。傭兵ギルドや探検ギルドとかの戦闘系のやつらがピリピリしてて困るニャー」

「それって理由は?」

 ギルド自治区のポーションは、薬師ギルドが製造販売していると聞く。工房が爆発でもしたか、ストライキでも起こったか。

「原材料不足ですニャー……ハイポーションの原材料、赤ベリーが日照りや嵐で壊滅したのニャ……野生で採れる量なんてたかが知れているし、畑で育てると薬効が落ちるしでニャー」

「ふぅん」

 リィトは、店頭に置かれている妙なものを指さした。

「赤ベリーってのは、これ?」

「そうニャ」

 ころん、と一粒。

 ベリーの実が、いやに恭しく店先に置かれている。宝石を置くようなベルベットの台に鎮座しているのだ。それほど貴重ということなのだろう。

「ミーが死ぬ気で仕入れた一粒なニャ!」

 店先に陳列されている、真っ赤に輝く木の実。

 リィトはそれを買うことにした。

 なんと、銀貨(シルバ)一枚の値段。

 正直、かなり高い。感覚としては、五千円程度だろうか。

「まいどありニャ!」

「これって、相場が銀貨一枚なのかい?」

「まさか。高騰してるにゃ。普通ならカップに山盛りで銀貨三枚ってところかにゃー」

「ちなみにハイポーションは一本いくらだっけ」

「今だと、大金貨ゴルゴルド二枚だニャ」

「大金貨!?」

 家や土地の取引に使う通貨を、ポーションに?

 とんでもない高騰じゃないか。

「要するに市場にはないと思えって感じニャ……安いときには、銀貨シルバ二枚か三枚、安売りなら銀貨一枚だニャ」

 つまり、本来はハイポーションが買えるような値段で原材料の赤ベリーがたった一粒を買うような、異常事態ということか。法外な値段での売買でも採算がとれないほどの状況といえる。

なるほどね、とリィトは唸る。

「ふーむ……」

 見つけてしまった。

 これ、ビジネスチャンスだ。

「ねぇ、ミーアさん」

「なんニャ?」

「もし、赤ベリーを定期的に供給できる……しかも、それはミーアさんに独占して卸すって話が舞い込んだら、どう思う?」

「やべぇ奴らのシノギだと思うニャ」

「もし、全然ヤバくない人の良心的な商売だとしたら?」

「絶対に食いつくニャ! でも、そんなウマい話はないのニャ……」

「おっけー、ちょっと待っていてくれるかい」

 リィトはバザールの開かれている公園の裏手にある空き地に駆け込む。

 先ほど買った一粒銀貨一枚の超高級赤ベリーを地面に置く。

「──芽吹け、育て、繁殖せよ」

 赤ベリーが、たちまちリィトの周囲に生い茂る。

 たわわに実った赤ベリーを丁寧に収穫して、証拠隠滅のため、残った低木は『生命枯死』の魔導で土に帰ってもらった。

 リィトがいたロマンシア帝国では、ポーションが品薄になったことなど一度もない。

 安いポーションから、最高級のハイポーションまで、すべてにおいてだ。

 原材料の栽培については、植物魔導を使ってリィトが一手に担っていたからである。

 供給も値段も安定していたものだから、まさかポーションで大金が稼げるとは思わなかった。

「って、しまった。入れるものがないな……」

 急いで買ってきた籐のカゴ一杯の赤ベリーを、ミーアの店に持っていく。

 少し遠くから様子を観察してみる。

 ミーアの店の様子はごみごみと繁盛することもなければ、客足が途絶えることもないといった感じ。ただ、目の肥えていそうな買い手が満足げな顔をしているのが目立った。

 たぶん、彼女は幼く見えるがいい商人なのだろう。

「……もうひとつ、カゴを買っておこう」

 リィトはもうひと仕事をしてから、ミーアの店を訪れた。

「これ、よかったら買い取ってくれないかな」

「ニャーーっ! あばばばばば」

「赤ベリーだよ。カゴいっぱいにある」

「はわわわ」

「こっちが干した加工品。これでもポーションの原材料にはなるはず」

「保存がきくやつ!」

 乾燥させた赤ベリーは少しかさが減っているが、生のものと同じくらいの量はある。

 大きな街なので、魔導師がいる商店がすぐに見つかって助かった。

 植物魔導だけでは上手に乾燥させるのは面倒なため、風魔導を使える魔導師を探して依頼したのだ。口止め料として、乾燥させた赤ベリーの何割かを渡す羽目になったけれど。

「これ、君に預けられるかな。もし希望するなら、定期的に卸せる状態にあるよ」

 赤ベリーの種子は、すでにより分けて保存してある。

 腰を据えて栽培できれば、量産は難しくないだろう。

 乾燥も急がなければ、天日干しでできるだろうし。

 ただし、一気に売ってしまえば、市場価格が下がってしまう。

 品薄・高騰の状態をある程度維持しつつ定期的な購買ルートを自分だけが握っている状態──それがミーアにとっては理想なはずだ。

「じゅるり……」

 ミーアがリィトの持っているカゴと、リィトの顔を何度も見比べる。

「い、いくらニャ! いくら欲しいのニャ!」

「……これくらい。手付金でね」

 リィトはミーアに金額を提示した。

 今まで溜め込んできた全財産を土地の購入で放出する予定のリィトとしては、譲れない。

 値切られたときのための保険と、もし交渉が成立した場合に少しでも手元に残るように、金額を上乗せした形。

 決して安い金額ではないが、ミーアは真剣に検討してくれている。

「なるほど……うん、わかったニャ!」

 ミーアはしばらくじっと考えて、取引が妥当だと判断を下した。

「このビッグチャンスをものにするには、猫も虎になってガオーッと他人の家を襲撃しなきゃいけないニャ」

「……。虎穴にいらずんば虎児を得ず的な?」

「ニャ? よくわからにゃいけど、そゆことでいいニャ!」

「……うん。とにかく、これで交渉成立だね」

「だニャ! ……ほんとにヤバいスジの若旦那とかじゃないのニャ? 絶対に本当ニャ?」

「違う違う、そこは安心してほしい」

 というか、ヤバいスジの若旦那がいるのか、この世界にも。

「それなら安心ニャ!」

「あ、でも仕入れ先は今後はちょっと遠いところになるけど」

 購入予定の土地の場所を伝えるとミーアは少し驚いた顔をしたけれど、必ず買い付けに行くニャ、と意気込んだ。

「ところで、お客さんの名前は?」

「リィトだ」

 名前も知らない初対面で大口取引。持ち込んだ商品とリィトの主張の妥当性を検討して信用してよいと判断をしてくれたのだろう。

 リィトを肩書きや前情報ではなく、行動で判断してくれた。

 そう考えると、ちょっと嬉しくなってしまう。

「ありがとう、ミーア。交渉成立だね」

「やったーっ! これでノルマ無視してだらだら寝てた分の借金を全額親方に返せるニャ!」

 ミーアは大喜びした。

 ……本当に、いい商人だよね?


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