第5話 クビになろうと思う。4

 ◆


 いやぁ~。我ながら人生、山あり谷あり。

 物思いにふけりながら、のほほんと流れる景色を眺めていると。

 ガコン!

 牛車が急停車した。

 いや、そもそも徒歩の旅人に抜かれるくらいにゆっくりと進んでいたわけだから、まったく“急”ではないけれど。

 とにかく、牛車が止まった。

「お?」

 リィトが牛車の窓から顔を出す。

「あっちゃ……帝都の坊ちゃん、すみませんねぇ。こりゃ、先に進めそうもないなぁ……」

 道の先を巨大な木が塞いでいた。倒木だ。

 悪いことに、道の片側は切り立った崖。もう片側は川、それもけっこうな急流だ。牛車が迂回するのは難しい。

 急ぐ旅でもないので、リィトとしてはなにも困らない。

 旅のひとまずの目的地であるギルド自治区街『ガルトランド』まで、順当に行けばあと一日かそこらの距離。引き返して迂回したとしても、五日後には到着するだろう。

 幸いなことに携行食糧も水も充分にある。

 半日分の道を戻れば、ちょっとした宿場町もあったはずだ。

 旅ならではのイベントと考えれば、回り道も悪くない。

 御者のお姉さんにそう伝えようとしたのだけれど。

「参ったなぁ……明日の夜には自治区に届けなきゃならない荷物があるのに」

「ん?」

「坊ちゃんを送るついでに帝都からギルド自治区まで届ける荷物をいくつか預かってるんです。そのうちひとつが、明日の夕方までに届けてほしいって言われてましてねぇ……」

 御者が申し訳なさそうに肩をすくめる。今まで、旅賃を出したリィトに荷物のことを黙っていたのがバツが悪いようだ。

「なるほど、荷台を空っぽにしておく手はないですからね」

「すみません」

「かまいません。運送ギルドなんだから、効率的な運送を心がけるのはもっともですし」

「でも、これじゃあ遅配確実ですね。あーぁ、違約金がギャラから天引き、さらにノルマ上乗せかぁ……」

 それは聞き捨てならない。

 ギルドは同業者組合ではあるのだが、実態は巨大企業だ。ギルドから斡旋された仕事については、様々な制約があるらしい。遅配による違約金やノルマ上乗せというのがそれだ。

「うーん……」

 リィトは少し考えて、牛車の窓から飛び降りた。

「帝都の坊ちゃん?」

「少し下がってて、えぇっと……」

「メルです」

「僕はリィトだ。メルさん、少し離れてて。できたら、後ろ向いて目をつぶってて」

「立ちションですか?」

「違うよ!」

「……大きいほう?」

「違うってば!」

 なんてことを真顔で言うんだろう。

 ギルド自治区の人間はさっぱりした性格だというが、今のはさっぱりしているにもほどがある。リィトにだって恥じらいはある。

 立ちションではないし、もちろん大きいほうでもないということを強調しつつメルを下がらせて、倒れた巨木に向き合う。

 リィトはそっと、木の幹に手を触れた。


「──動け」


 たった、一言。

 リィトがそう巨木に命じると、太い幹に変化が起きた。

 にょろり、と巨木の根っこが動いたのだ。

 木に意思が宿ったわけではない。

 リィトが巨木の根にかけた魔術は、『生長(すく)促進(すく)』と『生命(しお)枯死(しお)』だ。

 動かない生き物だと思われている植物も、長いスパンで見れば生長によってムキムキになったり、枝や根っこを伸ばしたりしている。また、枯れていく過程で強度が下がりもする。

 生長と枯死。植物の動きを司るそれらをいい感じに繰り返して、巨木を動かしているわけだ。

 リィトの植物魔導の基本である。

 オーケストラの指揮者のようにゆらゆらと腕をゆらすリィトの動きに合わせるように、巨木の根っこが絡み合って二本足を形作る。

 やがて「よっこらしょ」とでも聞こえてきそうな動きで立ち上がって、とことこと川のほうへと巨木が歩いて行って──


「ダイブ!」


 掛け声とともに、巨木がすてんと身を投げ出すように転ぶ。

 ざばーん、と景気のいい音。しぶきが上がる。

 リィトが腕を下ろすと、巨木の根っこは再び動かなくなった。

 巨木が川の流れをせき止めることはなかったようで、一安心だ。

 向こう岸への橋にもなって、一石二鳥。

「よし、こんなものか」

 植物魔導。

 得意分野だし、この程度のことは朝飯前といったところだ。

 まぁ、火(か)焔(えん)で燃やしたり、風の刃で切り刻んだり──といった派手さはないけれど、かなり便利で汎用性のある魔導だ。

 植物がない場所など、この世界にはない。そもそも、植物というのはアスファルトの隙間からど根性で発芽するやつらである。

 さらには種類も性質も豊富。

 衣食住のあらゆる基礎には植物がある。

 もともと凝り性のリィトにとっては、どんな魔導よりも追究しがいのある分野だった。まぁ、おかげでこないだの大戦では英雄とか呼ばれるようになってしまったわけだが。

「もういいですよ、片付きました」

「こ、こりゃすごいっ!」

 メルが飛び上がる。目をキラキラさせてリィトを見つめる表情は、なかなか素朴で可愛らしい。

「いったい、どんな魔法を使ったんですかね!? 風魔術で吹っ飛ばしたとか、それとも念動魔術で動かしたとか?」

 本当に目をつぶっていてくれたらしい。

 とっても素朴。すばらしい。

「えーっと、企業秘密ってことで」

「そんなぁ……自治区に着いたらみんなに自慢したいのにぃ」

「やめてください、それはダメ!」

「ちぇー」

 植物魔導師は数が少ない。

 魔力を駆動して、人ならざる能力を発揮する魔術。いわゆる、魔法と呼んでもいい。

 その魔術を操り、また、魔術そのものを研究開発したり、あるいは今はほとんど普及していない魔導具を作ったり──そういった人間をまとめて魔導師と呼ぶ。

 ほとんどの魔導師の得意な魔術は、火、水、風、土、あるいは光といった属性に分けられている。

 植物を対象にした魔術が得意な魔導師というのは、ほとんど前代未聞。

 というか、リィト以外にはほぼ存在しない。

 万が一のことを考えると、あまり目立ちたくはないのだ。

 英雄という肩書きは、ちやほやされるメリットを遥かに上回る面倒事を引き寄せる。

 リィトはそれを経験上、とてもよく知っている。


 せっかくの無職だもの。せっかくの自由だもの。

 しばらくは、気ままにソロで楽しみたい。

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