第4話 クビになろうと思う。3

 基本的には、仮面で顔を隠して活動していたのだが、そのせいで『侵略の英雄』と『施しの聖者』はまったくの別人として認識されているようだ──それは、ともあれ。


 英雄。聖者。

 そんな評判はリィトをじわじわと追い詰めた。

 もともと穏やかに暮らしたいと願うリィトは目立つのが嫌だった。なので、目深にフードを被った魔導師感マシマシのコスチュームで活動をしていたのだ。

 一応、フードのおかげで顔が広く知られていないことだけは幸いだった。

 だが、顔は知られていなくても存在は知られている。

 どこに行っても、正体がバレた瞬間になんとなく遠巻きにチヤホヤされる。女の人はしなだれかかってくるし、悪い大人がゴマを擦ってくる。嫉妬ややっかみにもさらされるし。

 異世界転生、せっかくのセカンドライフ。

 ただただ、穏やかに。

 幸せに、静かに暮らしたい。

 転生者ってことで、強くてチヤホヤされるのは、そりゃあ気分がいい。

 それでも、もう限界だった。

『無理、もう無理!』

 人々を救ってから、しばらく経ったある日、限界を迎えたリィトは一念発起した。

 いわゆる傭兵っぽい冒険者として活動していたリィトは一念発起した。

 自由気ままな(という建前の)冒険者生活に別れを告げ、堅実に働く公務員の魔導師さんになろうと決めたのだ。

 ──宮廷魔導師。

 この世界で最大の大陸は、北大陸と南大陸と呼ばれる二つのブロックに分かれている。その間は、細い陸地で繋がれているだけだ。

 北大陸の大部分を領土にしているのは〈ロマンシア帝国〉。

 その帝国の最高機関である、宮廷に仕える叡(えい)智(ち)と武力を兼ね備えたエリートたちの集まりだ。

 彼らであればリィトのことを英雄でも聖者でもなく、ただのひとりの同僚として扱ってくれるのではないかという期待もあった。

『俺、宮廷魔導師になる!』

 公務員だ、公務員。

 幸いなことに、帝国には対魔百年戦争終結の立役者という恩がある。

 仮面で顔を隠していたため、帝国の中枢部にしかリィトのことを知る人がいないのも好都合だった。就職はあっさりと決まった。

 特Sランク冒険者のリィト・リカルトの電撃引退は業界と帝国を震撼させたが、知ったこっちゃなかった。


 そして始まった宮廷魔導師としての宮仕え。

 いわゆる、国家公務員というやつだ。

 リィトがこないだの大戦の英雄であることは、公然の秘密である。

 帝国は戦後の体制を構築するのに忙しいはずだし、過去の英雄なんかにこだわっている暇はないだろうとリィトは高をくくっていたのだ。

 宮廷魔導師は憧れの研究職で、あらゆる文献や資料を読み放題。

 リィトは大好きな植物や魔導の研究をすることにした。

 そうして、数年の月日が流れた。

 明るい同僚たちに囲まれて、アットホームな職場です!

 ──とは、ならなかった。

 嫉妬、やっかみ、嫌がらせ。

 無欲、無気力、出世に無縁──そんな顔をして、王族との謎のコネクションや圧倒的な魔導師としての能力や知識を持ったリィトを敵視する同僚たちはあとを絶たなかった。

 いや、そんなことより別にやることあるだろと思った。

 そもそも、宮廷魔導師になれば好きな魔術や植物について研究ができると思っていたのに、やれ貴賓への御前講義だ、やれ姫君とのお茶会だ、やれ王家の方々の護衛だなんだと、関係ない仕事が多かった。

 というか、ブラックだった。

 いいところといえば、給与がめちゃくちゃいいくらい?

 そんなある日。

 誰もやりたがらない物置の掃除を引き受けて、意外な発掘物や見たことのないガラクタに好奇心をくすぐられたリィトが残業をしていたときのこと。

「あやつが公爵殿下の茶に毒を入れたのです!」

 ついに、ハメられた。

 皇帝の弟である公爵の茶に毒が入っていた。

 リィトにだけ、アリバイがなかった。

 というか、もとよりリィトを糾弾するための自作自演だった。

 のらりくらりと研究に没頭し、平和になった帝国で勃発した宮廷内での権力争いにちっとも興味を示さないリィトは、彼らにとって気味の悪い存在だったのだ。

 出世競争に必要な人付き合いもアピールもなし。それでいて、クビにもならないし、なぜか皇帝一族やお偉方からたまに声をかけられている。

 英雄でございます、とドンと構えていればまだよかった。

 ヒラ魔導師のはずのリィトが、なぜだか贔屓されている──そう見えてしまった。

 ……今になって思えば、そりゃ嫌われもする。ヒラのふりする「英雄」なんて、嫌味すぎるじゃないか。

 まあ、そういうわけで。

 出世を狙う宮廷魔導師たちには「意図が読めん」と気味悪がられていたし。

 皇帝の座を狙う公爵には目の敵にされていたし。

 けれど。

 正直、ここまでやるのかとビックリした。大人なのに。

 平和に暮らすために命がけで地下遺跡(ダンジョン)から湧き出してくる魔物たちを封印した戦争はなんだったんだ……ああ、本当に、この職場環境は無理ですわ。

 つまみ出せ。

 追放だ。

 いや、死刑だ!

 そんな声が飛び交うのを聞いて、リィトは思ったのだ。

(こ、これは……っしゃーーっ! やったね、追放チャンスだ!)

 思わずガッツポーズをしてしまい、シリアスな糾弾場面がちょっと変な空気になったのは申し訳ないと思っている。

 宮廷魔導師になると、自由に職を辞すことも許してもらえなかった。

 あなたは英雄なので、とか。そういう理由で。

 たしかに帝国の英雄が、帝国の中枢から離脱というのは色々とまずいだろう。だが、それはリィトにとってはかなり息苦しい状況だった。

 帝国を救う大冒険なんてするんじゃなかった、とまで思っていた。

 だからこそ。

 濡れ衣、ありがとう。大歓迎だ。

 結局、死刑は免れた。

 リィトの正体を知っている対魔戦争当時の知り合いたちがあの手この手で庇ってくれたそうだ。それに加えて、決定的な犯行の証拠がない。

 皇帝からの恩赦という形で、死刑という選択肢は消えたらしい。

 リィトに言い渡されたのは、宮廷魔導師を解任、そして、ロマンシア帝国の領土からの追放。

 唯一、腹が立ったのが今までの研究成果やノートを宮廷に没収されてしまったことだろうか。

 そんなことは、どうでもよかった。


 もう、なんのしがらみもない。

 天才児でも、英雄でも、聖者でもない。


 かくして、リィト・リカルトは自由な身分を手に入れた。

 ──無職である。



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