第3話 クビになろうと思う。2

 ◆


 現代日本での社畜生活。死、そして転生。

 笑ってしまうくらいに、ありがちな話だ。

 三十手前での過労死がありふれてる社会って、マジでどうかしている。

 営業職だった。少しだけ出世して、中間管理職になった。

 第二新卒で入社したときからブラックぎみだった勤務時間が、さらにまずいことになったのは、その頃だった。

 朝九時から深夜三時までの勤務、始発で帰って、また出社。残業代なにそれ美味しいの?

 繁忙期はそんな有様で、そうでなくともクソ上司からのメールは止まらない。

 忙しいときに限って、【重要】とか【緊急】とかタイトルに付けられた社内メールを送ってくる上司。

 そのメールの内容も、数十行におよぶ本文に目を通すと、要するに「営業ノルマが達成できていないから頑張れ」という謎の精神論……という有様だ。

 そんな上司と、会社への不信感でいっぱいの部下の間に挟まれる中間管理職。

 双方のケアをしなければいけないから、自分の仕事は後(あと)回し。

 唯一、オフィスの観葉植物の手入れをするのが心安らぐ瞬間だった。

 観葉植物に、あれやこれやと手をかける様子を揶揄(からか)ってくる営業部のエースは、かつてはライバル関係だったっけ。

 ──結果として、同僚や後輩からつけられたあだ名が「のんびりさん」。

 誰がだ。

 なにが、のんびりだ。

 あくせく働き、キリキリ胃を痛めて、やっと手に入る生活費。

 本当に、ありふれた話だ──嫌になるほどに。

 入社してから三年ほどは、営業部のエースとか言われていい気になっていたけれど、「あれもやれ」「これもやれ」に応えていたら、いつのまにか中間管理職になって、なんでもかんでも背負い込むようになっていた。

 やりがい搾取ってやつだろう。

 いわゆる、凝り性──ちょっとしたやり込みゲーマーになるタイプの性格だったのに、いや、それが災いしてか、就職してからは仕事にすべてのリソースを割いてしまった。

 自由な時間も元気もなくなって、スマホのアプリゲームすらもまともにできなくなった。

 仕事のストレスから逃れるために、会社の観葉植物や自宅にある鉢植えの世話をすることが唯一の趣味になっていた。

 本当は、大人になったら猫が飼いたかった。

 けれど、とてもじゃないがペットを飼えるような生活ではなかった。

 その点、植物は最低限の手入れで元気に育ってくれるのが嬉しいところだったのだ。

 ああ、穏やかに暮らしたい──ギスギスした人間関係はもうこりごりだ。

 そんなことを呟きながら、徹夜三日目に電車の中で目を閉じた。

 会社のフロアにある観葉植物が少し元気がなかったので、家にある栄養剤を今度持っていってあげよう。家で育てているサボテンや鉢植えの手入れも、三日ぶりにしてやらなくちゃ。

 そんなことを考えていた気がする。

 同僚の溜め込んだ経理処理や後輩が抱え込んで〆切間際まで白紙だったプレゼン資料の準備を、大量の栄養ドリンクを飲みまくってどうにか仕上げた帰り道──心臓が妙な感じに脈打って、「あれ?」っと思ってそれっきり。

 過労による死を迎えた、のだと思う。

 栄養ドリンクが寿命の前借りとはよく言ったもの。

 わかっているけど、現代を生きる社畜はあれを飲まざるをえないのだ。

 こうして、ありふれた死を迎える瞬間に思った。


 ──ああ、本当にのんびり暮らせたら。

 楽しく生きられたら、よかったのに。


 そんな思いを抱いて、死んだ結果。

 異世界で、リィト・リカルトとしての人生がスタートした。

 いわゆる、転生というやつだ。

 驚いた。これって、現実か?

 ひとしきり動揺して──そして、本当に久しぶりにワクワクした。

 転生した異世界『ハルモニア』には魔導というマジカルな技能があって、生まれ落ちたロマンシア帝国は百年以上、おっかないモンスターによる侵略に苦しんでいた。

 リィト・リカルトとして生まれたときに備わっていた植物魔導の適性。そして、ひょんなことから目の前に現れたおっかない師匠とか、応援してくれる幼(おさな)馴染(なじ)みとか、比較的恵まれた家庭環境とか……色々なことが、リィトにとって好都合だった。

 これ幸いと、リィトは幼少期から膨大な時間をかけて植物魔導の技術を鍛え上げた。

 趣味だったガーデニングに勤しむような感覚で、やりこみゲーマー的な没頭をしてしまったわけである。

 ──結果。

 リィト・リカルトはお約束のように救国の英雄となった。


 いや、まぁ、そうですよね。

 転生チートってやつですよね、はい。

 のんびりまったりは、どこいった?


 異世界チートじゃなくて、スローライフを所望していたのですが?

 そんな思いを抱えながら、こないだの戦──ロマンシア帝国では『対魔百年戦争』と呼ばれている大規模な戦にリィトは終止符を打った。

 おっかないモンスターは地下遺跡(ダンジョン)へと封印されて、地上には平和が訪れたというわけだ。

 リィト、十六才の春のことである。

 幼い頃は神童、そして思春期真っ只中に英雄に格上げである。

 ……まさか、植物魔導がそんな活躍するとは思わなかったのだもの。

 植物。

 穏やかで健やかでヘルシー、そんなイメージがあるだろう。リィトもそうだった。

 そんなイメージとは裏腹に、実際の植物には岩だろうがレンガだろうが成長を阻むものをメッキメキにぶっ壊すパワーがある。種類によっては毒を吐くし、無毒な植物でも土地を丸ごと飲み込んで町や農地を台無しにすることもある。

 それが、植物だ。

 リィトが操るのは植物魔導。

 ついた二つ名は『侵略の英雄』……いや、穏やかじゃないにもほどがある。

 名誉のために付け加えると、リィトとて食糧難を救うこともあったし、村の復興を手伝うこともあった。そういう活動をしたときには、『施しの聖者』という二つ名がついたこともあったわけで……両極端すぎない?

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