第2話 クビになろうと思う。
ごろごろ、がらがら。
木製のしょぼい車輪の転がる音が、田舎道に響く。
えっちらおっちら進むのは、牛車だ。馬車ですらない。
(……平安貴族みたいだな)
リィト・リカルトは前世の高校時代、うららかな午後の古典の授業で読んだいとエモしな古典文学に思いを馳(は)せた。
季節は春。芽吹きの季節。
優しい目をした牛──通称カウカウと呼ばれる家畜が、質素な客車を引いて歩いている。
このあたりは帝都周辺とは違って、舗装されていない道が続いている。
舗装のない道を行くのであれば、馬(スホース)よりも牛(カウカウ)のほうが都合がいい。丈夫でスタミナがあるのだ。さすがはカルビ内蔵である。
スミレ、カニクサ、ナガミヒナゲシ……に似た植物が車窓から見える。この世界ではまだ名はつけられていないけれど、春の雑草たちだ。雑草にだって、ちゃんと名前はある。
やっぱ、自然っていいな。心が和むよ。
「ふわ……」
栄華を誇る帝都を出てからすでに十日を超えた旅路。牛車の窓から差し込むうららかな日差しに、リィトは大あくびをした。
「あー、のどかだ。アイス食べたい……もしくはビール……」
遠い世界の記憶に思いを馳せていると、牛車を操る御(ぎょ)者(しゃ)が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「帝都の坊ちゃん、退屈な旅路でしょう。すみませんねぇ」
若い女性の御者だ。
種族は人族(ニュート)。
運送ギルド『ねずみの隊列』に所属している運送屋らしい。茶髪のショートヘアにそばかす顔が、いかにも素朴な田舎娘といった感じ。
気負いのない軽口は、なかなかいい旅のお供だ。
「牛車ってのろいでしょう、走(そう)竜(りゅう)車(しゃ)は無理にしても三頭立ての馬車くらいは用意すればよかったですねぇ」
「いえ、とんでもない。こういうゆったりした旅はいいものですね」
「ひゃー、若いのに達観してるねぇ。帝都の若い子はこういうもんかね」
「ははは、帝都は関係ないでしょう……ふわぁ」
もうひとつ、大あくび。
帝都の坊ちゃん、というのはリィトのことだ。
それもそのはず、リィトの見た目は十八歳。もっと若く見られることもある。この世界でも若者(ティーン)ってやつだ。
「はーーぁ」
大あくびからシームレスに大溜息を繰り出したリィトの心には、しかし、少しも陰りがない。もう、全然ない。むしろ気分は晴れやか。
「自由だ……圧ッッッッ倒的、自由だ……!」
静かな、しかし、心からの叫び(シャウト)。
リィトはこの旅が始まってから何回目かわからない圧倒的感謝を口にする。
無職っていいな!
そう、リィト・リカルトは無職だった。
なりたてほやほやの、無職だった。
前職は宮廷魔導師。
そのまた前職は──転生者であり、救国の英雄だ。
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