第3話

「リリアン……!」

「ごめんあそばせ、ウィルソン王子。あの宝石は使用不能、価値なき石ころにさせて頂きましたわ」


 先程までうろたえていた姿はどこへやら、この国を乗っ取ろうと企んだ悪女・リリアン男爵令嬢は、どす黒い感情を込めた笑みをウィルソン王子へ見せていました。

 当然でしょう、自分の言動を克明に記録した特殊な宝石を粉々に粉砕する事で、自身の悪事を物語る証拠の隠滅に成功したのですから。


「王子、あなたの推理は全て正しい。貴方のおっしゃる通り、私は『大罪人』ですわ。禁断の魔法・『魅了』を使って、この国の中枢を乗っ取ろうとした、ね!」

「ああその通りだ、君はその罪から……」


 逃れることは不可能だ、と続けて述べようとした王子の言葉を封じるかのように、リリアンは堂々と述べました。

 自分は、この『罪』とやらから逃れる事ができるのだ、と。


「……どういう事かな?」

「ふふ、流石の聡明な王子でも分からない事があるのですね♪」


 それならば、たっぷりとご覧あそばせ。

 そう言いながらリリアンが腕を広げた先には、自分たちのほうをじっと見つめる紳士淑女――この晩餐会に招待されたという王族や貴族たちの姿がありました。

 ですが全員ともその表情はどこか虚ろで、まるで何かに意識を乗っ取られているような様子でした。


「……これは……」


 何かに気づいた様子の王子を見たリリアンは、勝ち誇ったような感情を露にしながら、この事態を説明し始めました。

 この晩餐会で婚約破棄の大舞台を繰り広げるため、私は大勢の『仲間』を作った。

 屋敷に集まっている人たちは、全員揃って私の『魅了』の魔法の虜。全員揃って私の言うことだけを聞く傀儡かいらい

 たかが王子1人に真相が暴かれようとも、この場にいる全員が『私に都合の良い証言』をすれば、真相が外部に漏れることはない――。


「要は多勢に無勢という事ですわ、王子♪」

「……」

「ふふ、今や王子のほうが『大嘘つき』。下手すれば、貴方のほうが国家を混乱させた罪で追放される可能性もありますのよ?」

「……」

「あらあら、声も出ない様子ですわね♪」


 ――あまりにも鮮やかな逆転劇に王子は何も言えず、ただ敗北を味わうのみ。リリアンの目にはそう映ったに違いありません。

 

 このクロン王国の未来を担うのはこの私、リリアン・アクティ。

 そして私を擁するアクティ男爵家がクロン王国の実権を握る事も夢物語ではなくなる。

 この国の全ては、私と男爵家のためにある。


「さあ、私にすべてを委ねるのです、ウィルソン王子。貴方が敗北したという現実を受け入れなさい♪」


 興奮と喜び、そしてどす黒い感情を溢れさせながら、じわりと王子のもとへリリアンが迫り寄ろうとした、まさにその時でした。

 まるで彼女の『余裕』の時間に終止符を告げるかのような拍手が、屋敷の中に鳴り響いたのは。


「……な、何……?」


 あまりにも唐突な出来事にリリアンは歩みを止め、周囲を見渡しました。

 次の瞬間、彼女の顔から先程までの余裕が一瞬で消え去ったのがよく分かりました。

 当然でしょう、虚ろな顔の紳士淑女が立ち並ぶはずの屋敷の中から聞こえた声は――。

 

『ふふ、リリアン♪』


 ――男爵令嬢にとって最も聞きたくない、忌々しいものだったでしょうから。


「……え、え、ど……!?」


 理解が追い付かないような格好のリリアンへ向けて、その声の主たる『私』は、もう一度言葉を発しました。



『おあいにく様。貴方と王子のやり取りを鮮明に記憶していたのは、割れた宝石だけではありませんのよ』

「……その声は……マルティナ!!!」



 王子を誑かし、『魅了』の魔法で操った者たちを駆使し、この宴から追放したはずの公爵令嬢、マルティナ・シノビア。

 その声がどうしてはっきりと聞こえるのか、何故この屋敷の中に響き渡るのか――リリアンの表情からは、焦りと苦しみ、そして猛烈な怒りがはっきりと見て取れました。


「どこにいるのよ、マルティナ!!隠れていないで出てきなさい、この卑怯者!!」


 怒鳴り散らす彼女の哀れな姿をしっかり目に焼き付けながら、私は返事をしました。


『では、お言葉に甘えて……♪」


 その瞬間、私の瞳にはリリアンの唖然とした表情がはっきりと映りました。

 彼女の目の前にいた1人の熟年の貴婦人が突然姿を歪め、まるで粘土をこねるかのようにぐにゃぐにゃと変貌していく光景を初めて見れば、そのような顔になってしまうのも無理はないでしょう。

 しかもその姿は、頭のてっぺんからつま先に至るまで――。



「ふふふ……改めましてこんばんは、リリアン・アクティ男爵令嬢♪」



 ――マルティナ・シノビアなのですから……。



 さあ、ウィルソン王子。

 ここから先はこの私――いえ、『私たち』にお任せくださいませ……。

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