第4話
「ど、どうして……どうしてマルティナがここにいるのよ!?」
リリアン・アクティ男爵令嬢が絶叫するのも当然でしょう。
甘い言葉と禁断の魔法で巧みに誘導した王子によってこの場から永久追放の処分が下ったはずのこの私、マルティナ・シノビア公爵令嬢が突然目の前に現れたのですから。
「一体どうなってるのよ!?あんたはここから追い出されたはずなのに……!?」
リリアンの理解が全く追い付いていないのは、その言葉や仕草から嫌というほど分かりました。
仕方ありませんね、私も王子と同じように、種明かしをする事にしましょう。
貴方が企てた碌でも無い計画を打ち砕いた『罠』の詳細をね。
「確かに『私』は先程ウィルソン王子によって処分を受け、この宴の場から追放されました。それは貴方も先程しっかり目に焼き付けましたよね、リリアン?」
「当たり前よ!何度同じことを言わせる気!?」
「ええ。ですが、貴方は1つだけ大きな失敗を犯してしまいました」
「失敗……何よそれ……!?」
貴方が追い出したのは、私ではない別の『私』――マルティナ・シノビア公爵令嬢なのですよ。
「何なのよそれ……意味わからないんだけど!?」
全てを理解している王子が横でどこか嬉し気な、そして何故か自慢げな表情を見せたのとは対照的に、リリアンは完全に理解不能だと言わんばかりに私に噛みついてきました。
いい加減なことを言っても無駄、『魅了』の魔法があるうちは私の勝利に決まっている、それにケチをつけるのか、という無茶苦茶な言葉を発しながら。
そんな彼女を見つめる私の目つきは、きっと呆れ交じりになっていた事でしょう。
「やれやれ……。ここまで言っても察せないのでしたら、貴方にも理解できるよう丁寧に説明するしかありませんね」
「……いいわよ、聞いてやろうじゃない」
「では、これは貴方もある程度ご存じかもしれませんが……」
私たちシノビア公爵家の血筋はこの王国由来ではありません。
遠く離れた東方の大国から長い旅路を経てこの王国へ辿り着いた移民を先祖に持ち、王家の加護を受ける代わりに、護衛や雑用、表沙汰に出来ない稼業まで、多くの業務をこなし続けていた歴史があるのです。
そして、長年王家のために粉骨砕身した功績を称えられ、爵位を与えられた事で晴れて貴族の一員となり、そこから更に長い月日と様々な功績を経て現在の公爵という立場になった、という訳です。
このような独自の歴史を有する我がシノビア公爵家には、東方の大国を由来とする様々な礼儀作法、独自の規則に加えて、先祖代々伝わる様々な『術』が存在します。
それらはこの国に古くから伝わる『魔法』とは異なる仕組みを有する、あの東方の大国を由来とする術なのです。
「シノビア家に伝わる術ですって……!?そ、そんなの知らないわ……!」
「あら、それは失礼。まあ、幾つかは既に貴方の前で披露しましたけどね」
「へっ……!?」
まず1つ目の術は、他者に成り済ます『変身の術』。
その名の通り、先程リリアンの目の前で見せた通り、自分と全く異なる姿かたちをした存在へ自由自在に変身する事が出来る術です。
術を解くまで目の前に『私』がいた事をリリアンが全く気付いていなかった辺り、我ながらだいぶこの術を身に着けてきたようですね。
2つ目は『
心にもない嘘偽りの言葉を、何の躊躇も遠慮もなく言い散らす事が可能となる術です。
本来は敵に捕らえられる直前に使用し、虚偽の感情を露呈してこちらの情報を漏らさないようにするための緊急用の術ですが、今回は別の目的に活用してみた、という訳です。
「私はこの術を私自身や王子に対して使用しました。遠慮なく罵詈雑言や心無きお世辞を口走る事が出来るように。リリアン、その意味はお分かりですね?」
「な……ま、まさか……王子様、私への言葉は全部……!?」
「悪いね、リリアン。君のような『大罪人』にはこれくらいしないと
「お、お世辞……!!」
そう、王子が私を断罪する場で述べた、婚約者たる私に対する誹謗中傷や私の立場を奪おうとする憎きリリアンを褒めたたえる言葉の数々は、全て『欺瞞の術』によって生み出された、心に全くない嘘偽りの言葉。
勿論、王子がリリアンに見せた優しい表情、私に見せた厳しい表情も、この術が生み出したものでした。
それを事前に把握していたからこそ、『私』は安心して王子からの罵詈雑言を受け入れる事ができたのです。
「ぐっ……!」
互いに笑顔を見せあう私や王子とは対照的に、リリアンは苦々しい顔を見せていました。
それもそうでしょう、私たちを掌の上に乗せたと思っていた彼女が、逆に私たちの掌の上で踊らされているような格好になっているのですから。
ですが、それでもリリアンは気を取り直したかのように鼻で笑ったのち、私たちへ向けて鋭い言葉を投げかけました。
確かに私は貴方達に利用されたかもしれない、だけど貴方達『以外』の人々はどうだろうか、と。
「この会場にいるあなたたち以外の全員は『魅了』の魔術の虜になっているのよ。つまりここにいるのは全員私の人質で、何でも言うことを聞く傀儡なの。今度こそ理解した?それでも私を断罪するつもり?」
どうやら、リリアンは未だにこの場にいる全員を自分の支配下に置いていると認識している様子でした。
それがとんだ勘違いであることなど全く知らずに。
「……ふふ……」
「な、なにがおかしいのよ、マルティナ!?」
「これは失礼。思い上がった貴方を見ていますとつい……」
「な、何よ、そんな訳……!?」
「「「「「ええ、思い上がりですよ、リリアン」」」」」
「……!?」
顔を真っ赤にしながら怒りを露わにしかけたリリアンの顔が、一瞬で青ざめるのがよく分かりました。
それもそうでしょう、晩餐会の広い会場を包み込むように、この私――マルティナ・シノビアの声が大合唱となって響いたのですから。
マルティナは自分の目の前にいる『1人』だけ。それなのに、何故会場にマルティナの声が幾つも聞こえるのか。
完全に慌て、怯えの感情すら見せ始めたリリアンに向けて、私は3つ目にして、今回の『作戦』において最も重要な役割を担った術を明かす事にしました。
「リリアン、私は先程言いましたよね?」
「「貴方が追放したのは、『私』ではない『私』だ、とね」」
「な、何よ……ど、どういう……!?ま、まさか……!?」
「「「「「その意味、存分にお見せ致しましょう」」」」」
その言葉を合図に、『私』――正確に言えば晩餐会の会場にいる私以外の残りの『私』は、一斉に変身の術を解きました。
会場にいる老若男女、紳士淑女の姿が一斉に歪み、粘土をこねるかのように変貌し、やがて本当の姿が露になった瞬間、『私たち』の耳には王子の感嘆の声と、それをかき消すようなリリアンの悲鳴が聞こえました。
ふふ、双方とも当然の反応でしょうね。
だって、この華麗なる晩餐会に招かれた来客は、全員揃って――。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「いかがですか?我が自慢の『術』の腕前は」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
――シノビア公爵家の令嬢たるこの私、マルティナ・シノビアなのですから……。
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