第2話

「先程はとんだ光景を見せてしまい、大変失礼した。さあ諸君、改めてこの宴を楽しんでくれたまえ!」


 リリアン・アクティ男爵令嬢に対する度重なる誹謗中傷の罪で婚約が破棄され、この『私』、マルティナ・シノビアが会場から追放されたのち、ウィルソン王子からの謝罪と共に晩餐会は再び始まりました。

 用意された食事に舌鼓を打つ、幾多もの紳士淑女で盛り上がる会場の中で、リリアンは甘えるような仕草を見せつつ、隣にいる王子へ向けて感謝の言葉を伝えました。

 自分を虐げ続けた悪の令嬢を見事に懲らしめ、この場から追い出してくれた事への感謝の気持ちを込めて。


「本当にありがとうございます……やっぱり王子様は私が唯一尊敬するお方ですわ♪」

「ふふ、僕は当然のことをしただけさ」


 そして王子は言葉を続けました。

 誰かを陰で陥れる、質の悪いやり方は性に合わないものでね、と。


 その瞬間、リリアンの顔色が僅かだけ変わりました。まるで自分の心を言い当てられた時のように。

 しかし、彼女はすぐ自分の表情を取り消すかのように首を横に大きく振り、元の愛らしい笑顔を見せました。

 そして、そのままウィルソン王子に甘えるように身を近づけながら、耳元で囁くように言葉を述べたのです。


「王子様……この場をお借りして、貴方に是非お伝えしたい事があるのです……」


 わざとその体をもじもじさせている男爵令嬢は、自分がか弱く可愛らしい少女のように見せつけているようでした。

 そんな彼女をじっと見つめながら、王子は優しげな笑みを見せながら返事をしました。


「……分かったよ。でも、その前に僕のお願いを聞いてくれるかい?」

「はい……王子様のお願いでしたら何でも聞きますわ……♪」

「そうか、ありがとう……ならば……」


 君のその美しい手を、もう一度見せてくれないか。


 それを聞いた瞬間、リリアンの顔色が再び変わりました。

 一体どうしてそのようなことを尋ねるのか、とどこか慌てるような口調で述べる彼女に対し、王子は彼女を宥め、その心を掴むかのように言葉を続けました。


「僕は一目見た時から君の美しさに惚れてしまってね……。顔だけじゃない、その足も体も、全てに魅了されてしまったんだ」

「私の、全てにですか……」

「その通りさ。特に君のその手に、この世にふたつともない宝石のような美しさを感じるんだよ」

「そ、そんなに褒めて頂けるなんて恐縮です……」


 だから恐れることはない。君の持つ『宝石』を、じっくり目に焼き付けたいのさ。

 そう語るウィルソン王子の瞳は、とても優しそうに見えました。

 

 やがて、リリアン男爵令嬢はどこか安堵したかのように一息ついたのち、王子に笑顔を向けました。

 そして、右腕をそっと持ち上げた、まさにその時でした。

 突然、王子は男爵令嬢の右腕を強く掴み、自分自身の方向へ引き寄せたのです。

 

 あまりにも突然のことでバランスを崩し、倒れこみそうになった男爵令嬢の体を抱きしめながら、王子は耳元で呟きました。


「確かに君の手は宝石のようだ。でも残念だよ……」

「……えっ……!?」



「君の『薄汚れた欲望』が、全てを帳消しにしているなんてね」



 王子がそう言い放った次の瞬間、リリアンの手の甲からどす黒い煙のようなオーラが、呪文が周りに書かれた魔法陣と共に姿を現しました。

 それは『宝石』と称えられたその美しさからは想像も出来ないほど禍々しく、恐ろしいものでした。

 そして、自身に起きた変化に唖然とする男爵令嬢の目に映ったのは、つい先程までの優しげなものとは正反対、彼女に敵意を見せるウィルソン王子の表情でした。



「やはり思った通りだな、リリアン・アクティ男爵令嬢」

「……!!」

「この魔方陣やオーラが何を意味するか、僕はよく知っている。人々の心を惑わし、自分の好きなように操る事ができる『魅了』の魔法の源だな」


 君が仕掛けた罠は、既にお見通しだ。


 その言葉を聞いた男爵令嬢の表情もまた、先程までの愛らしさを表現しようとする笑顔の仮面が剥がれたかのような、苦々しく憎らしげなものへと変わっていきました。


「……ぐっ……!!」


「何故分かったのか、そう言う顔をしているね?」

「当然ですわ……これはいにしえの魔法、ほとんど知られていないはず……。それなのに、どうして……!?」

「僕は昔から『魔法』と名の付くものに目がなくてね、小さい頃からこの国に伝わる様々な知識を学んだものさ。婚約者を目指していたはずなのに、知らなかったかい?」

「……!」


 そして、自身の知識欲を満たしていく中で、この国にかつて大いなる災いをもたらした、もしくはもたらす寸前にまで至った幾つもの禁断の魔術についても知る事となった。

 その1つが、リリアン男爵令嬢が自分に向けて発現しようとした禁断の魔法の1つ、『魅了』だ――ウィルソン王子は、鋭い口調で言葉を続けました。


「書庫の奥にあった古い資料にあったのさ。過去にこれを使って国の中枢を思いのままに操ろうとした存在がいた。その凄惨な過去を踏まえ、一部の者のみ術式を閲覧可能な状態とした、という記述がね。どうやってその禁断の内容を手に入れたかは知らないけれど、君も同じ事をしようとしたのだろう?」

「……」


 ウィルソン王子を言葉巧みに騙しその心を『魅了』の魔法で完全に支配した上で、作戦の邪魔になる可能性があるこの私、マルティナ・シノビア公爵令嬢を追放し、この国を自分の思いのままにする――王子が語った通り、リリアンの企みは既に見抜かれていたのです。


「それに、ここまでの君の言動は全てここに『記録』済みだ」

「……」 


 そう言いながら王子は、首飾りに付いている一際大きな群青色の宝石に触れました。

 その直後、宝石は青白い光を放ち、リリアンや王子、そして『私』たちのやり取りを全てその輝きの中に刻み込んだ旨を伝えました。

 王族や一部の高級貴族のみが所持を許されるこの特殊な宝石には、人々の言葉や動き、更には魔法を使った痕跡まで克明に記録する力が宿っているのです。

 これを王家に仕える専門の役職の者に受け渡し、内容を解析して貰えれば、この大罪人・リリアンがクロン王国を乗っ取ろうとした確固たる証拠となるのは間違いないでしょう。

  

「最早君の逃げ場はない。大人しく罪を認め、投降するんだな」


 我が国を独り占めしようとしたリリアン男爵令嬢へ向けて王子が厳しい言葉を投げかけた時でした。

 ずっと黙り込んでいた彼女が、突然愉快そうに笑いだしたのです。

 何がおかしい、と王子が尋ねた瞬間、彼女は指を鳴らしました。

 その瞬間、王子の宝石――ここまでの屋敷で起きた出来事を記録し続けていた『証拠品』にひびが入り、粉々に砕け散りました。

 今までの自分の言動や醜態を無かった事にするかのように。


「ふふふ……王子、それくらいの脅しで、私が諦めるとでも?」


 そう言いながらにやりと笑う悪女・リリアンの右手には、宝石を破壊するために魔法を使った事を示す、どす黒いオーラが溢れ出ていました……。

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