私たちを罠にはめて婚約破棄に追い込むつもりだったようですが、生憎全てお見通しです
腹筋崩壊参謀
第1話
「マルティナ・シノビア公爵令嬢、お前は僕の婚約者にふさわしくない。この場で婚約破棄を宣言する」
「……はい?」
クロン王国における王位継承順位の最上位に位置する、容姿端麗、頭脳明晰な美青年、ウィルソン王子の口から突然そのような言葉が発せられたのは、王子が主催した晩餐会の真っ最中でした。
会場に集った紳士淑女の視線は、あっという間にこの私、シノビア公爵家の令嬢たるマルティナ・シノビアへと注がれました。
突然の事態に誰もが困惑するような仕草を見せる中、私は王子に向けて疑問の言葉を投げかけました。
いきなり何を言い出すのか、何故王家とシノビア公爵家の双方から祝福されたはずのこの婚約を破棄しなければならないのか、と。
「そもそも『ふさわしくない』とは、どのような意味を込めた言葉なのですか?」
そんな私にウィルソン王子は冷たい眼差しを向け、私の心に突きつけるかのように人差し指を向けながら言いました。
「しらばっくれるな、マルティナ。君の『今までの仕打ち』は全て彼女から聞いたぞ」
その言葉と共に、王子の傍らに私と同じぐらいの年齢の少女が姿を現しました。
私は彼女の名前を知っています。アクティ男爵家の長女、リリアン・アクティ。
いつもフリルを目いっぱいつけた衣装を着こみ、どこか弱々しく儚げな仕草で可愛らしさを演出しているような風貌の少女です。
そして今回も彼女は、すぐさま王子のそばに近づき、甘えるかのように体をすり寄せていました。
自身の『愛』とやらを、王子の身体へたっぷり染み込ませるかのように。
そして、そっと片腕でリリアンの体を抱きしめながら、王子は私を睨みつけ、リリアンに行ったという仕打ちを次々に述べ始めました。
リリアンに対する根拠のない悪口を四方八方に言いふらした。
立派な淑女になるため努力を欠かせないリリアンを裏で馬鹿にし、貶し続けた。
リリアンに面倒事を押し付け、自分は怠惰に楽をしようとしていた。
挙句の果てに、リリアンを階段から突き落とそうとまでした。
「彼女は勇気を振り絞って僕にこれらの悪事を報告してくれた。どうだ、これでもしらを切るか!」
自信たっぷりに私を断罪しようとするウィルソン王子の傍で、リリアンは王子に体を当てたまま、泣き出しそうな声で言いました。
「私、とっても辛くって……王子様に告白する事にも勇気が……ぐすん……」
「大丈夫だ、もう心配しないでいいよ。君をここまで酷い目に遭わせた存在を、ここで思いっきり断罪してあげるから」
「断罪?王子、貴方は何を言っているのですか?」
ウィルソン王子がリリアンにかけた甘い言葉に対して、私は反発しました。
当然でしょう、王子が述べた私の悪事とやらは、どれも全く身に覚えのない内容なのですから。
リリアンとよく顔を合わせたという内容に関してだけは
だからこそ、私は毅然とした態度で王子とリリアンに挑んだのです。
ですが、そんな私に向けてウィルソン王子は冷たく言い放ちました。
そんなに自分が正しいと言いたいのか、ならば他の面々の様子を見てみろ、と。
その言葉に従い、周りの様子を見た私は、怒りや失望の気持ちを示すような眼差しが多数向けられている事に気が付きました。
そして、周りの紳士淑女たちは次々と私に向けて誹謗中傷の言葉を投げかけてきたのです。
「私は見たわ、貴方がリリアンの悪口を陰で言っていたのを!」
「お前、リリアンに雑用を押し付けて逃げ出しただろ。俺は知っているぞ!」
「マルティナ、貴方なんて酷い事を……信じられないざます!」
「貴様なぞこの国を担う人材にふさわしくない!」
そればかりでなく、王子に向かって自分たちはこの私、マルティナ・シノビアに悪事を口止めされていた、と涙ながらに訴える者まで現れる始末。
そして、皆は私を口々に責める一方でリリアンに労いや慰めの言葉をかけたのです。
「マルティナはここから出ていけ!」
「いますぐこの国から立ち去れ!!」
この場にいる全員とも揃いも揃って私の事を全く信じず、出鱈目ばかりを並べるリリアン男爵令嬢を味方するような行動を取るという傍から見れば異常な事態に、私は頭を抱える事しかできませんでした。
そんな私を尻目に、リリアンは皆に向けて感謝の言葉をかけながら、王子に甘え続けていました。
「皆様……こんな私の味方になってくれるなんて、本当に嬉しいです……!そして王子様も……」
「ああ、僕たちはいつだって君の味方さ。さて、そんな君をどこまでも傷つける奴がまだそこにいるようだが……」
「王子様、私とっても怖くて……」
「心配しないで、僕が何とかするからね」
背の低いリリアンの頭を撫でながら、ウィルソン王子は再度厳しい視線を私に向けました。
「改めて言おう、マルティナ・シルビア。このようなか弱き存在を虐め続けた行為はまさに悪質そのもの。君のような存在を、僕の婚約者として認めるわけにはいかない」
「ですが、ウィルソン王子……」
「口答えをするな!どこまで罪を認めないつもりだ、この悪女め!」
鋭い言葉で私を断罪しようとする王子の横で、リリアンは涙を浮かべ、怯えているような仕草を見せ続けていました。
ですがほんの一瞬だけ、そのか弱い少女のような表情が変貌したのを、私は見逃しませんでした。
いえ、むしろ彼女のほうが、私にわざとその表情を見せつけたのでしょう。
まるで勝ち誇ったような、どす黒い感情を滲ませた笑顔を。
その顔の中に秘められた真意を追求する時間は、残念ながら私に与えられませんでした。
「マルティナ、お前の裁きは追って行う。この場から出て行け」
その言葉を合図にしたかのように、私の周りに甲冑に身を包んだ衛兵たちが現れました。
そして彼らは私の体を乱暴に掴み、そのまま晩餐会の会場となっている巨大な屋敷の外へと引き摺っていったのです。
何をするのです、離しなさい、と懸命に叫ぶ私の言葉は、悪女を追放する喜びを示すかのような拍手喝采に打ち消されていきました。
そして、屋敷の外へと追い出され、扉が閉められる直前、私はしっかりとその目に焼き付けました。
ウィルソン王子が、こちらへ向けて一瞬だけ、笑顔でウインクをする光景を。
一方、王子の体にしがみつきながら甘え続けているリリアンは、この行動に全く気づいていないようでした。
「……ふふ……」
リリアンはすっかり王子に絆され警戒心を失い、何もかも上手く行っていると有頂天の様子。
ですが、その計画とやらは、
こちらが立てた『作戦』が着実に成功へと近づいているのは明白だったのです。
さあ、ここからの展開、頼みましたよ……。
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