第6話
勇者は1度も休憩せず魔族領へ急いだ。顔見知りの魔族たちへ挨拶もそこそこに、魔王城につくなり執務室へ飛び込み、魔王に詰め寄る。
「人間の王、もしかしてめちゃくちゃ強い?」
「早かったな。あの王のせいで我々魔族は苦戦してるんだぞ知らなかったのか」
道中を水晶玉で覗き見ていた魔王は笑いながら勇者を迎えた。
「あの老獪な王がいなければ我々はとっくに人間を家畜化できていますよ」
アシスタンスが苦々しげに言う。
「家畜化は嫌だけど……王めっちゃ怖かった」
「私よりもか?」
「はい」
「いうねぇ」
魔王は大笑いする。勇者は不満げな顔でにらみつける。
「あの王は国家運営がなかなか魔族的なんだよ。国のためなら多少の犠牲はいとわない。しかし人間は脆弱で、皆同じような力しかもっていないから仲良しこよしにしておけばいいのに」
魔王は大げさに怖がる様子を見せる。魔王の言う通り、王はとてつもない愛国者だった。多くの国民を幸せにするためには、少数の犠牲をいとわなかった。魔獣の処分地も、その一環だった。実際、現王の治世になってから、魔獣被害は格段に減っている。ほとんどの国民から尊敬され、愛される王なのだ。
「あの一族は一筋縄ではいかないぞ。散々ひどい目にあわされてきたからな。さてさて返事が楽しみだ」
魔王は現王の祖先に何度も痛手を負わされていた。和平の使者につけられた新種の毒素で魔族の何割かを失ったり、献上品が爆発して大けがを負ったりと毎度苦い思いをしていた。今回はそれを完璧な作戦で跳ね返してしまおうと笑うのだった。
勇者が魔族領に戻って数日後、王都からの使者が護衛を引き連れがやってきた。使者には手を出さないとお触れを出していたが、人とは似つかない姿をした魔族が目に入るたびに声を上げ、使者たちはげっそりとした顔で魔王城に着いた。
「人間の王より魔王様へ、親書と献上の品でございます」
自分たちのはるか頭上から見下ろす魔王の目線に、使者は今にも気絶しそうだった。魔王は一言も話さず、それらを受け取ると一行をさっさと退室させた。一行は荷物を積んできた荷馬車すら捨て置き、わき目も降らず全速力で魔族領から出ていった。
「みんな帰っちゃいましたね」
不要なトラブルを避けるために魔王の後ろに隠れていた勇者が顔を出す。威厳を保つためポーカーフェイスと無言を貫いていた魔王は長い溜息を1ついた。
「黙っているだけで怖がってくれるのはありがたいけど、あんなにおびえられたらもう一押しやっちゃいたくなるよね」
魔王は待機させていた下級魔族を整列させ、号令をかけた。
「使者の歩いたところを徹底的に捜査しろ!あの老獪な一族だ。油断するなよ!」
「おー!」
魔王の号令に、魔族たちはいっせいに動き始めた。小型で数の多い者たちは使者が通った魔族領の道を隅々まで調べた。頑丈な体を持つ者たちは献上品の1つ1つを開いて中の品物を検めた。適材適所で、とにかくすべてを見逃さない、ローラー作戦というわけだ。
「魔王様!1つだけ開かない箱が!」
「何!?」
検品中だった魔族の一言に、緊張が走った。魔王は頑丈な者だけを残しほかを退出させ、自ら開かずの箱を検分することとした。
その箱はほかの献上品と変わらず、白い箱だった。もち上げてみると重く、ちゃぷちゃぷと音がする。何やら液体が入っているようだ。
「うぅむ。何か表面に模様のようなものがあるな……勇者よ、これは人間界でなにか意味のある模様なのか?」
「ちょっと見せてくださいよ」
勇者は、魔王からその箱を受け取った。
「えっ」
勇者が箱に触れた途端、それはわずかな燐光を発した。魔族たちはいっせいに魔王に覆いかぶさり、守ろうとした。しかしそれは無駄なことだった。かすかな光は一瞬のうちに目が眩むほどの光になり、何もかもが見えなくなった。
目が慣れた勇者は、目の前にカラフルな砂の山があることに気が付いた。これは魔族が防御のために作ったものかと思った。ずいぶん軽くなった箱を捨て、恐る恐る砂に触れてみる。すると山はさらさらと崩れ、中から右半身のなくなったアシスタンスが出てきた。
「アシスタンス!?どうして……」
「勇者様……魔王様を、どうか、どうか」
アシスタンスの目はもはや勇者をとらえていない。 崩れた断面もどんどん砂となり、さらさらこぼれていた。勇者は、砂が魔族の体だったものだと気が付いた。あの光が、魔族の体を分解して砂にしてしまったのだ。これは、彼らの死骸の山なのだ。
「王か」
勇者は箱に触れた瞬間、自分の魔力が勝手に吸いだされ、そして何かと混ざり合い、爆発したのを感じた。王は自分の強い魔力をもって研究を進め、勇者の魔力を利用して作動するこの新型の爆弾をよこしてきたのか。
「また、やっちゃった」
勇者は力なくつぶやく。
「勇者、そこにいるのか」
アシスタンスの体の下に、魔王がいた。魔王も無事ではなく、その大きな体躯は守ってくれた魔族たちだけでは覆い隠せず、下半身は砂と化していた。魔王は、半身を失っても穏やかな表情で勇者を見ていた。
「魔王、僕のせいで……」
「大丈夫だ。魔族はこのくらいでは死なない。私の話を聞くのだ」
魔王は勇者を諭すようにゆっくりと話す。
「魔族は人間とは比べ物にならないほど頑丈だ。だから異常な繁殖力を持ちあきらめの悪い人間とやりあってこれたのだ。しかしこのように大きな傷を負ってはあの王に蹂躙されるのみだ。だから私の願いを聞いてほしい」
「わかった」
「私たちを、魔界へ投げ込んでくれ」
魔王が指さす先には、ドアがあった。執務室についている、いつもアシスタンスが出入りしている扉だ。
「あの部屋はアシスタンスが管理している。そこには魔界への入り口がある。そこに生き残った魔族を全員投げ込んでほしい」
勇者がドアを開けると、几帳面に整頓された部屋の奥にドアと同じくらいの穴が見える。黒一色に見えたそれは、近づいてみると水面のように光を反射してきらきら輝いていた。小さな鼻歌のようなものも聞こえる。勇者が魔王のもとに戻ると、魔王は床に横たわったままで自分の周りにいる魔族たちの砂を払ってやっていた。中には、力自慢のゴーケンもいた。もう頭と右肩しか残っていない。
「ゴーケンも、魔界でゆっくり傷を癒せば元通りだ。我々は時間がかかっても再び人間界で暴れてやる。勇者よ、やってくれるか」
勇者は力強く答えた。
「あぁ、まかせろ!」
魔王は賭けに勝ったと思った。もはや虫の息の魔族を殺し、それを手柄として勇者が寝返る可能性もあった。しかし魔王は信じていた。
「勇者よ、その称号は貴様に最もふさわしい」
勇者は、魔王城を駆け回り、生き残りを探した。あの白い光は壁を貫き、効率的に魔族を滅ぼす代物のようで、どの部屋を開けても体の大部分が砂と化した魔族が見つかった。時には部屋の中に砂だけを残し、誰もいないこともあった。勇者は表情1つ変えずいつもの様子で、魔族たちを見つけてはアシスタンスの部屋に運び穴へ投げ入れた。魔族の半分以上が勇者より大きい体格をしていたが、今やほとんどが抱えて運べる大きさになっていた。日が落ち、また朝が来ても勇者は運び続けた。
ちょうど1日たったころ、勇者はもう一度魔族領を見回って、もう生存者がいないことを確認した。最後に残った魔王は、もう胸の下まで砂になっていた。
「魔王、もう誰も残っていないよ」
「よくぞやってくれた勇者よ。礼としてはなんだが、この城のものはすべて貴様にくれてやる」
「ありがたいことだ。さぁ、行くぞ」
魔王は体が5分の1になっても大きく、勇者はどうにか引きずる形でアシスタンスの部屋まで運んで行った。
「そうだ、宝物殿にいいものが1つある。悪魔の宝石だ」
魔王は、穴までの道のりで悪魔の宝石の説明を勇者に囁いた。悪魔の宝石は、貝殻を磨いたような乳白色の表面に、オーロラのような光を帯びた美しい宝石だ。さらに両手に抱えるほど大きい。誰もが欲しがる美しさだ。勇者も、宝物殿で見たような覚えがあった。
「あれは人間の欲望に反応して、人間を溶かしてしまう光線を出すものだ。私が発明したんだ。でも、人間の半分ほどを殺してしまうほど範囲が広くなってしまってな、お蔵入りしたんだ」
「そんな物騒なものを宝物殿にしまうなよ」
「人間がこんな強力な兵器を惜しげもなく使うなら、使ってしまえばよかったな。いや、人間贔屓のアシスタンスが怒るか。勇者、もし不当に扱われることがあったら悪魔の宝石、王城のど真ん中に投げ込んでやれ」
大声で笑う魔王を、勇者は穴に投げこんだ。
「勇者よ、貴様と過ごす日々はとても楽しかったぞ!もう会うことはないかもしれないが、お前の良いこれからを願っているぞ!」
魔王は、笑顔で穴に吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます