第4話
強い魔族に目をかけられている勇者の噂は広い魔族領の隅々まで駆け回り、勇者に挑まんとする下級魔族が後を絶たなかった。たとえ上級魔族に鍛えられたとしても、勇者はしょせん人間。魔族にはかなわないと高をくくっているのだ。しかし勇者が魔族領に来て数週間、彼は上級魔族すら凌駕する武人となっていた。魔力に自信のある者、力自慢、奇襲が得意な者……すべて勇者は蹴散らした。魔法のバリエーションが増え、膨大な魔力を正確に打ち出すことができるようになった。非力なりに、弱点を探して重点攻撃ができるようになった。奇襲攻撃に備え生活パターンを替え、裏をかくことができるようになった。勇者のさっぱりとした性格は魔族に好かれ、今や打ち解けていろんな魔族と手合わせをし、ともに過ごす仲になっていた。
「勇者、ずいぶん強くなったな。これはかなりいい拾い物だったのではないか?」
「そうですね。勇者を追放した一行はいまだ魔族領にたどり着けていませんからね」
「勇者に感化されて魔族全体の能力が底上げされたからな。じわじわ魔族領を拡大して人間たちにプレッシャーを与えるのもいいな」
勇者のいたパーティは、勇者追放地点からほとんど移動していなかった。勇者は加護があるからいるだけでパーティに利益をもたらす。それはちょっとした幸運だったりと普段は気が付きにくいが、いなくなった時にありがたさがわかる。人間たちが苦戦している様子を見て、魔王はご機嫌だ。
「勇者はこの状況がわかったら、人間に肩入れしませんかね」
「あれだけひどい扱いを受けてきたのに文句ひとつもらさないからなぁ。里心が残っているかもわからん。万が一のために武器庫や宝物殿には近寄らせないように」
「この城の一番大事な執務室に何度も入っていますが」
「ええい、直接聞きに行く!」
「あ、魔王様仕事は……」
「最近は頑張っているから息抜きだ!」
魔王は伊達に王を名乗っているわけではない。もちろんこの魔界領では一番強い。アシスタンスが制止できるわけもなく、勇者のもとへかけていった。アシスタンスも最近の魔王の働きっぷりには感心していたので、本気で止めるつもりはなかった。勇者が来る前には停滞しつみあがるだけだった仕事がどんどん片付いている。戦況が活発化したことで増えた仕事に魔王がやっとやる気を出したのだ。魔王は追い詰められるとよく働く。
「次怠け始めたら仕事を一気に増やしてみるか」
アシスタンスは一人つぶやいた。
「勇者はいるか!」
「魔王!久しぶりですね」
数名の魔族とともに、勇者は地下にいた。大胆不敵だがのんびりとした様子のぬけなかった勇者は、がっしりとした体つきの隙のない青年に変わっていた。魔王城の地下には、美しい光を放つ鍾乳洞があった。いくつか分岐している道があり、散策できるよう整えられている。
「仮にも敵だった相手に打ち解けすぎではないか?」
「でも魔王様、勇者は強いし面白いやつなんですよ。魔力も人間にしては規格外だし、こいつは人間界に生まれただけの仲間っすよ」
「あはは、うれしいなぁ」
魔王の苦言も彼らはどこ吹く風でけらけら笑っている。仲間という言葉に、勇者は一瞬驚いた表情をしたがすぐ笑顔に戻った。
「ちょっと勇者に用がある。ほかの者はしばらく出ていけ」
しぶしぶと魔族たちは出ていく。魔王は近くの整備された岩に腰掛け、勇者にも座るよう促す。勇者は素直に魔王の横に座った。
「人間たちが苦戦しているのは知っているか」
「一応。そもそも僕がいたときもずいぶん苦しい戦いだったから、時間の問題と思っていました。ここにきてわかりましたが、僕は人間にしては魔力が規格外なんですね。僕が勇者となってから、王国は初めて本格的に魔力の研究をすることにしたんです」
「へぇ、魔力の研究そんなに遅れているんだ?確かに人間はわざわざ火を起こして使うし、投石も魔力を使わず手でだよねぇ」
「だから、そろそろ以前のお話について相談がしたいと思っていました」
「勇者は、人間の所に戻りたいのか」
「はは、今更……故郷はもうないですし、ここは力があればみんな受けれてくれる。初めてこの魔力と勇者の力に感謝しましたよ。今更放りだすとか言わないでくださいよ?」
勇者は真剣な顔をして魔王を見上げた。魔王は勝利を確信した。勇者は完全にこちら側だ。人間たちはこちらに着いた勇者を見て絶望し、言われるままに条件をのむだろう。ついに思い描いていた戦争許可区域が実現できる。
「もちろんだ。さぁお互いにいい条件を話し合おうではないか」
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