『赤は安心の赤…青は真実の青…黄は警告の黄…ラララ…』


湖面を呆然と見つめていた俺の近くで足音が聞こえる。



さっきの集団の誰かが帰ってきたのかと思い、俺はその足音の方向へ顔を向け睨みつけた。


だが、そこにいたのは予想に反してウサミだった。


俺は思っていた人物とはまるで違ったことに驚き、釣り上がっていた目も驚きから丸くなってしまった。


見失った筈のウサミと会えた事はいいのか悪いのか…とても微妙な気持ちになった。



ウサミは俺に睨まれ少し怯えた様子だったのだが、その後の俺の顔を見て何か察したのか『どうしたの?』と訝しげに聞いてきた。


俺は『ちょっと色々おかしなことがあってね』と遠い目をしながら返事をした。


…実際はちょっとどころでは無いのだが、説明するには色々と勇気がいる。


ウサミに『アリストはおかしくなったのね』なんて言われたら立ち直る事ができない気がする。


ウサミとはほぼ初対面みたいなもんだけれど…夢の中では恋人だったから、想像上では気丈に振る舞える気がしても、きっと実際そうなると受けるダメージは想像以上だろう。


俺が周りにそびえている木を見つめながらそんな事を考えていたら、ウサミが突然俺に話しかけて来た。




「ここに誰かが来なかった?」




俺は、さっきまでいた集団のことを思い出しながらやや眉を顰めつつ『たくさんいたよ』と返事をした。


するとウサミは『どこへ行ったの』と聞いてくるのだが、…それは俺が知りたい。




「気づいたらいなくなってた」


「うーん、そっかぁ。私どうしても探さなくっちゃいけないんだよね…だからもういくね」




ウサミはそう言ってどこかへ行こうとするのだが、俺はここから出る方法がわからないのでついていく事にした。


最初は難色を示していたウサミだけど『途中までだから』と言う俺の必死な言葉に渋々『わかった』と返事をするのだった。


俺はウサミの邪魔をしないように、彼女の少し後ろをついて歩いていたのだが、どうも彼女は独り言が多いようだ。


以前…夢の中のウサミはそんなに独り言が多いとは感じなかったのだが…それ程に必死に探しているのだろうか?




「…急がないと、早く早く早く…」「どうしよう、どうしたらいい?どこにいる?」「失敗しちゃう…」「あぁ、絶対嫌だ…そんな…」




ウサミは小さな声でぶつぶつと喋りながら必死に誰かを探している。


俺はそんな状態のウサミを心配しつつも、その異常な様子にたじろいでしまい声をかけることができなかった。


気づけば赤くなってしまった湖の周りを一周していたようで、さっき俺の後ろ頭をドロドロにした…あの、白衣を絞って出来た水溜りが足元にあった。



いつの間にかここまで帰ってきてたのかと俺はその水溜りに少しだけ気を取られていた。


そして気付けば少しウサミと距離が空いてしまっていた。


それに気づいた俺は急ぎ追いかけようとしたのだが、なぜかウサミの方が俺に向かって走り寄ってきた。




「見つけた!」


「見つけたのか、じゃぁ俺のことは気にしないでい…」


「アリスのせいで私は散々な目にあったわ!何でよ!?アリスは私のことなんてどうでもよかったのよね!?」




急に態度が180度変わった事に驚き目を丸くしてる俺に対して更に言葉を重ねてゆくウサミ。




「アリスは言ったわよね!俺がお前を幸せにするって、一緒に幸せになろうって!だから信じたのに…あんな事になるなんて…この嘘つき!」




驚き目を丸くしてる俺の様子などお構いなしにどんどんと話は進んでゆき、最後にはすごい形相で俺を睨み出したウサミ。


俺はほぼ初対面のウサミに対してそんなことを言った覚えはない、だが…夢の中のウサミに対して俺は同じようなことを言った気がする。


俺は夢の中のウサミに対して『俺がお前を幸せにする…だから結婚してくれないか?一緒に幸せになろう』といった事を思い出していた。


…どういうことだ?ウサミは俺と同じ夢を見てるのか?それとも知らないうちに俺はその言葉を言った夢の中に居るのか?


意味がわからない俺はただ無言でウサミを見つめることしかできなかった。



「アリスがそう言うつもりなら私も考えがあるわ!あの事…バラすから。バラされたくないなら私に何かアクセサリーの1つでも送りなさいよね!」




そんな俺の様子をどう思ったのか、ウサミは急にとんでもない事を言い出す。


アクセサリーを女性に送ると言うのはつまり『私は君を愛している』と言う事になる、しかもそれをウサミが受け取れば『私たちは将来を誓い合った仲である』と言う事になってしまう。



(いやいやいやいやいやいや!待てよ!冗談じゃない!俺はウサミにアクセサリーなんて送りたくない!)



俺はそう思ったが、展開が意味不明すぎて黙ることしかできない。


背中に嫌な汗をかきながらも微笑み、気持ちを落ち着かせようと努力する俺に対し更にウサミは畳み掛ける。




「指輪と…ネックレスでいいわ!今流行りの『セリシュー・アン』の店でいいから。早く用意してよね!あ、心配しなくてもいいわ、私、アリスからもらったなんて言わないから!じゃあね!」




そう言ってウサミは俺の返事も聞かないままに踵を返し、どこかへ消えてしまった。



(結局途中から俺は何も言えないまま話は終わってしまった…。)



地面に腰を下ろし、俺は頭の中を整理する事にした。


ウサミは誰かを探していた様子だったが、気づけば俺は意味もわからないまま罵られていた。


俺が言ったことのない言葉をウサミは俺から聞いたといい、許してもいないのに俺のことを愛称で呼んでいた。


そしてアクセサリーの1つでも送れと言い出した上に、何故か2つも要求された。…しかも買う場所まで指定されて。


全く身に覚えのないことで俺は罵られた上に金品を要求された事にも腹が立つが、ウサミは俺の何か知られてはいけないことを知っているような事を言っていた。


バラされたら不味いことがある?けれど俺自身は全く身に覚えが無い。


頭の中を整理した結果、何もわからないままだった俺は更に脱力しそのまま体を後ろに倒し地面に仰向けになる。



(散々汚れた後なのだ、更に汚れたとしても変わらないだろう。)



そしてしばらく空を見た後に俺は体を起こし、青い空青い湖に緑の森と言う素晴らしい景色を堪能した後、帰り道を探して歩きまわった。



覚悟を決めて歩き出したのにも関わらず、意外にもすぐに道は見つかり無事に寮に帰宅する事ができた。


俺の汚れ様にメイド達は小さく悲鳴をあげていたが、それを無視し浴室へと向かってシャワーを浴びる。


いつも着替えや入浴はメイド達に手伝って貰っていたのだが、夢の中で色々と経験した事により1人で大体のことはできる様になっていた。


そんな俺の変化に戸惑うメイドを尻目に1人で着替えも済ませ、ソファーに深く腰掛けた。


食事は寮の食堂で食べることも出来るし、部屋で食べることも出来る。


俺は夢の中では食堂を一度も使っていなかったのでわからないが、機会があれば行ってみたいなとふと思った。


今日は色々あり疲れたのでメイドに頼んで食事を部屋に持ってきてもらう事にした俺は、気付けばまたウサミの事を考えていた。


夢で見たウサミと今のウサミのイメージ、そして言動が全く違うのだ…気にならない筈がない。


学園生活も初日からおかしな事が続いているし、多分…明日からもおかしな事が起こる様な気がしている。


…2度あることは3度あると言うだろう?そんな感じだ。


俺は『学園での事は全て自分で解決しろ、それも出来ないなら領主になどなれない』と言った父の顔を思い出した。


あれはもっともな事を言っているが、つまりは『学園の事を俺に対処させるな、面倒くさい』と言う事だろう。


けれど、今回の事に関しては…俺1人でどうにか出来る気はしない。


けれどどう考えても説明の仕様がない上に、父がそれを聞いた後にどうにか出来る気もしないので深くため息をついた後に、俺は自分でできる事を頑張ろうと思ったのだった。


そうこうしているうちにメイドが目の前に食事を並べ出す。


今日は色々あったから沢山食べれそうだと思いながらをみて俺の時間が止まる。


そこには何故かと体に書いてあるうつろな目をした美しい女性が居たのだ。


全裸で机の上に寝転び空な目のまま微笑みを浮かべている女性に俺は動揺する。


メイド達はそんな俺の反応をみて不思議そうにしているのだが…そうしたいのは俺の方である。


その女性の人間離れした美しさに目を少し奪われながらも俺は、ソファーの横に置いてあった膝掛けをその女性の体にそっとかける。


膝掛けはそこまで大きくなかったので胸などの大切な部分以外は出たままだが、丸裸でいるよりもいいだろうと思った。まぁ、そのせいで少し…いやだいぶ…あれな感じだった。


俺が膝掛けを彼女にかけたのとほぼ同時に周りのメイド達は息を呑み、おかしなものを見たような目で俺を見てきたのだが…俺は父とは違って誰彼構わず手は出さない主義だ。


『今までもそんな事はしたことがなかったのだが…』と考えながら俺は空な目をしている女性に声をかける。




「大丈夫ですか?起き上がれますか?」




俺がそう声をかけると、その女性はゆっくりと視線を俺に向け『赤は安心の赤…青は真実の青…黄は警告の黄…ラララ…』と掠れた声で歌い始めたのだ。



全くもって意味がわからない。



(いや、今日に限っては意味がわかることの方が少ないか。)



俺はそう思いながらぼうっと彼女を眺めていた。


するとメイドの1人が俺に近づき…恐怖からなのか何なのかはわからないが、ビクビクとしながら『取り分けますね』と言ってきた。


俺は『取り分けるとは?』と頭をかしげた瞬間…そのメイドは彼女の左腕へとナイフを刺した。


彼女は自分の腕を切られたと言うのに叫んだりせず『野菜や果物を入れても良いのよ…けれど私は野菜にはなれないの…お肉が憎らしいけれど果物は愛おしい…』と、意味不明な事を呟き続けて居る。


唖然とする俺に気づかずメイドは彼女の腕を切ってゆく。


俺が正気に戻り『な、何をしてるんだ!』と怒鳴ると、メイドは更に体をびくつかせながら『き、切り分けています…』と言うのだった。


メイドのその言葉を聞きながら俺は彼女の切られた腕に視線をやり…驚いたのだった。


彼女の切られた腕からは…血なんてものは全く出ていなかったのだ。


そしてその断面は…明らかにパンだったのである。いや…パンじゃないかもしれないが、とりあえずスポンジのような断面だったのだ。


俺が呆気に取られている間にもメイドは切り分け綺麗に盛り付けをしてくれている。


その時にふとさっきまで夕焼け色に染まっていた部屋が急に真っ暗になった。


それと同時にメイド達もそれに気づいた様で部屋に灯りを灯してくれた。


俺は目の前に綺麗に盛り付けられたソレを見た後、いつのまにか静かになってしまった彼女の様子を伺う為に目線を上げると…そこには何故か膝掛けのかけてある少し大きなパンと、その周りに綺麗に散りばめられて居る蒸し野菜が並んでいた。


さっきの彼女は幻覚だったのか?


そうなると、俺はこの大きめのパンに膝掛けをかけ…話しかけていたのか?


そりゃあメイド達もあんな目で見てくるよな…と遠い目をした俺は…もう駄目だ。


そう思い目の前に並べられてる食事をできる限り早く食べた後、早めに就寝したのだった。


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