『アリストは同級生の腕が突然落ちたら何ができるの?』






「アリストと俺が初めて会った時の話を岸に上がったらじっくりと聞かせてやるからな!お前が忘れてる意味がわからん!」




マルスは怒りながらも俺を引っ張りながら岸まで泳いでくれる。


なんだかんだいいやつなんだよな、でも、こんなに怒りっぽかったかなぁ?


俺が忘れてることがそんなに癇に障ったんだろうか。




「お、皆いるな」


「え?」




マルスが急に何もない前方を見てそう言った。


俺は何がいるんだと視線をやるが、何も見えなかったのでマルスに『何がいるんだ?』と聞いた。


するとマルスは一瞬あっけに取られたような表情をした後に俺に対してまた怒り出した。




「お前はとうとう頭までおかしくなっちまったのか?保健委員のみんなに決まってるだろう?そこらで沢山泳いでる姿が見えないのか?」


「は?」




マルスがそう言うと同時に俺たちの周りには沢山の人が現れた。


コイツらはいつから居たのか?


いや、元々居たのか?


そもそも何故みんな泳いでる?一体どうしたんだ?


俺が驚き無言になってるのを横目にマルスはズンズン岸へと進んでゆく。


俺は何かを言おうと口を開くも何も言えずに口を閉じた。


その姿はさながら陸に上げられたコイの様な姿だろうか?



気付けば岸は目前まで来ており、俺はマルスに引っ張られつつ上がる。


自分が思っていた以上に疲れていたらしく、俺は地面にそのまま仰向けに転がり空を眺めた。




「…意味不明だ」


「俺からすりゃーアリストの言動が意味不明だよ」




俺は一体全体どうしてしまったのか?


俺がおかしいのか?




「誰かと思ったらアリストじゃない、どうしたのよこんな所で」


「先生…俺が聞きたいですね」


「ふふっ、なんなのよそれ」




そんな俺たちの所へ保険医の先生が近づいて来て話しかけて来たのだが、先生も湖で泳いでいたのだろう…全身びしょ濡れだ。


ただでさえスタイルがいい先生の身体にワイシャツとタイトなスカートが張り付き、とても扇状的な姿になっている。


その手には濡れた白衣を持っていて、話しながら絞り続けていた。


俺の横で絞るのでビシャビシャと落ちる水が地面で跳ねて顔に飛んでくる。


俺は不快な気分になり起き上がる。顔に土が水と共に飛んできたらしく、手で顔を触るとざらざらとしていた。




「課外学習はとても大切なのよ?」


「はい?」




そんな俺の様子なんかお構いなしに先生は突然話し出す。




「自衛隊も定期的に何かを想定した訓練をするでしょう?それと同じで私達も定期的に訓練をしなければいけないのよ。


だってそうでしょう?

頭で考えるのと行動するとでは誤差が出るじゃない?


アリストも経験あるでしょ?

簡単そうに見えたからしてみたのに、案外難しくて歯噛みした事とか。


私達は皆が腕を無くしたり存在が消えた場合も想定して行動しなきゃいけないのよ。


アリストは同級生の腕が落ちたらどう行動する?

多分パニックになって何もできないでしょう?


私たちはその腕を拾って縫い付ける事ができるわ。

勿論切り分けて皆に振る舞うこともできるの。


それって訓練してなくちゃできないことだとは思わない?」


「は、はぁ?」




先生が得意げに話してる内容に対しマルスは満足そうにうんうんと頭を振り肯定を示している様だが、俺は全く…いや?少しは意味がわかるか?


いや、やっぱり意味がわからない。


初めの方は意味がわかる様な気もするけども、それが湖で皆が泳いでる理由にはならないし、後半になればなるほど言ってる意味がわからなくなってゆく。


俺はここで何か言うのは得策じゃないと感じた。




「全身濡れていて寒いわね、誰か火を持ってる?」


「持っていません」


「木を擦ればつくらしいわよ?」


「俺たち濡れてんだぞ?つくか?」


「木を擦ればつくっていうんだもの、つくんじゃないの?」


「じゃあそうしましょうか」




俺が何も言わないままに先生とマルスは話を続ける。




「このままじゃ風邪を引いてしまうわ」


「濡れてるから寒いんですよ、火をつけましょう」


「ええ、そうね。そうしましょう」




だけれど、二人は同じ話を堂々巡りしていて気持ちが悪くなって来た。


なんなんだこの気持ち悪さは。




「そういえばアリストは何でここにいたんだ?」


「ん?あぁ、ウサミを追いかけてたんだけど…途中で落ちちゃって」


「お前…またウサミを追いかけてんのか?!いい加減にしろよ!」


「え、ええ?」


「いつもいつもウサミを追いかけて…お前はそれでいいのかよ!」


「え、えぇえ?ご、ごめん?」




また急におこりだすマルスに俺は瞠目する。


どう言う事だ?俺がウサミを追いかける事は、マルスにとってはよくある事なのか?


全く意味がわからない。




「お前がウサミを追いかけてる間はおれにはなしかけてくんな!」


「え、えぇえ?!」




俺はマルスにドンと突き飛ばされ仰向けに転がる。


その時先生の白衣から出て来た水で出来た水溜りに思い切り後ろ頭を入れてしまい、泥水があたりに飛び散る。


俺はいよいよ腹が立ち、すぐに起き上がるが…もう周りには誰もいなくなっていた。


突き飛ばされてから起き上がるまでに数秒程しか立ってないと思うのだが…みわたす限り辺りには誰一人もいない。


俺は怒りの持って行き場に困ったが、一先ず湖で泥水で汚れた場所を洗うことに。


俺が体や顔に跳ねた泥水を湖の水で洗うと、湖の水はみるみるうちに赤くなっていった。




「なんだこれは…」



俺があっけに取られてる隙にあっという間に湖は青から赤へとその色を変えてしまっていた。


青い空に緑の木々、青い湖面…だった筈の赤い湖面。


いよいよ俺は頭が痛くなって来た。

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